表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
78/86

第78話 王の誓い

「今後、魔術適性付与薬をどのように扱われるおつもりですか」


 言った瞬間、空気がほんのわずかに変わる。騎士たちの気配が、静かに硬くなるのがわかる気がする。

 王の眉がわずかに上がる。


「騎士団の強化だと思うか?」

「そう考える者は多いでしょう」

「間違いではない。強き軍隊は、それだけで戦を遠ざける“抑止力”というやつだ」

「理屈としては理解できます」

「だが?」と、間髪入れずに促される。

「歴史には、少し面白い話があります」

「ほう」


 王の口元が、ほんの少しだけ上がる。興味を持った顔だ。


「ある発明家がいました。

 山を砕く便利な道具を作ったのです。

 岩を砕き、道を開き、鉱山を広げる。

 ですが民衆は、その道具を別の使い方で利用しました。

 戦争です。

 皮肉な話ですよね。人を豊かにするはずの発明が、人を殺す道具になる」


 王が、低く笑った。


「余も似たような話を知っている。しかし一つ違う」

「どこがでしょう」

「その発明家は、民衆を止める力を持っていなかった。

 だが余は国王である。

 武力を持つ者が、必ずしも戦を望むとは限らぬ。

 むしろ逆だ。

 戦の恐ろしさを知る者ほど戦を避ける。

 強き(つるぎ)は折れぬ。固き盾は抜かれぬ」

「……なるほど」

「納得したか」

「いいえ」


 騎士たちの気配が一段だけ鋭くなるのを肌で感じる。

 王の眉が、ほんの少し動いた。


「率直に申し上げます。それでも戦争は起きます。人間は理屈より欲で動く。強い剣を持てば、振りたくなる者が必ず現れる」


 王は小さく息を吐く。


「だからこそ余がおるのだ」

「だからこそ、お願いがあります」

「ようやく褒賞の話か」


 少しだけ面白がる響き。だが、試す色も混じっている気がする。

 深く息を吸う。肺が広がる感覚がやけに鮮明だ。


「一つ、誓っていただきたい。魔術適性付与薬を使い、他国へ攻め入らないと」


 口にした瞬間、音が消えた気がした。

 庭園が、完全に静まり返る。


「金も、土地も爵位も、望まぬのだな」

「いりません」


 わかっている、これは責任転嫁だ。

 もし戦が起きても、自分のせいじゃないと線を引くための言い訳に近い。

 しかも、その線引き自体が曖昧だ。

 誓いなんて、いくらでも解釈できる。破ることだって難しくない。

 おれはビジネスマンだ。

 口約束に拘束力なんてないと、嫌というほど知っている。

 それでも構わない。

 王がほんの一瞬でも、踏み出す足を止める理由になるなら、それだけでいい。

 たったそれだけのために、ここで言葉を貰う価値はある。


 王は厳しい目で俺を見据えてくる。その視線は逃げ場を与えず、値踏みするようでいて、どこか楽しんでいる気配も混じっているようだ。

 しばらくして、低く笑う。


「ユウナギ、余に“王の誓い”を求めるとは、ずいぶん贅沢な褒賞を望むものだ」

「私は鳥籠の中。金も、土地も、自由には使えません。私が得られるのは言葉だけでございます」


 自嘲を混ぜて返すと、王は大きく頷いた。納得というより、腑に落ちたという顔だ。


「なるほどな、余の配慮が不足していたようだ」


 そう言って、ゆっくりと立ち上がる。

 台座の上で動くだけなのに、その一挙手一投足が場の中心を塗り替えていく。


「いいだろう。余の言葉を褒賞とする」


 息を深く吸い、顎を上げる。

 そのまま配下たちを見渡すと、空気がぴんと張り詰める。

 誰も動かない。

 ただ、待っている。


「余は国王である!」


 響く。

 腹の底から出た声が、庭園の隅まで届いている気がする。


「国を、民を、守る責を負う為政者である。

 ゆえに、もし敵がこの国の平和を侵すなら、余は剣を抜く。


 だが! 魔術適性付与薬を乱用し、余から戦を始めることはせぬ。

 武を誇るための戦もせず。

 力を試すための戦もせず。

 魔術適性付与薬を盾とはするが、槍とはせぬ」


 一つ一つの言葉が重く落ちる。

 誇張でも比喩でもない、ただの宣言なのに、なぜか軽く聞き流せない。

 王は片腕を掲げる。


「ジャレッド・オル・ブライアーズの名にかけて、余は誓う!」


 次の瞬間、宰相も、騎士たちも、周囲にいた者たちが一斉に膝を折る。

 金属が石に触れる鈍い音が重なり、遅れて静寂が戻る。

 誰一人として顔を上げない。

 ただの言葉のはずなのに、その場にいる全員が正面から受け止めている。


「これでよいか、ユウナギ」


 王の声には、わずかに苦笑が混じる。

 胸の奥が、じわりと熱くなる。

 理屈じゃない何かが込み上げてきて、少しだけ呼吸が乱れる。


 ――まいったな。こんなの、ずるいだろ。


「……胸を打つ、ありがたきお言葉でございました」


 どうにか押し殺して、言葉にする。

 深く頭を下げる。

 この瞬間だけは、王を信じてもいいと、思ってしまう自分がいる。




 ――思っていたのに……。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ