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第77話 カーテン越しの推し

 天蓋のロールスクリーンが光を切り、昼だというのに中はやけに暗い。

 外の庭はまだ明るいはずなのに、ここだけ切り離されたみたいで、時間の流れが鈍っている気がする。

 サンクチュアリの中の空気が、妙に重い。

 ……いや、違うな。

 重いのは空気じゃない、たぶん俺のほうだ。

 起き上がろうと思えばできるはずなのに、体が沈んだまま動かない。

 マットレスに背中を預けたまま、ぼんやりと天井を見る。


「ユウナギさん、起きてますか」


 カーテン越しの声は柔らかいのに、心配がにじんでいるのがかえって痛い。


「おきてるよ」

「少しだけ……話せませんか?」

「人に見せられる状態じゃないよ」

「見なくていいです。声だけで、十分です」


 間を置かず返ってくるあたり、引く気はないらしい。


「そんなに心配するな」

「心配します。ユウナギさんが、カーテンを閉めたまま黙ってるなんて……初めてです」

「放っておいてくれ」


 少し強めに言ったつもりだが、手応えは薄い。


「放っておけません。ユウナギさんが一人で考えると、悪いほうに沈んでいくの、知ってます」


 図星を突かれて、言葉が一瞬止まる。


「俺のことを、よく見てるな」

「はい。専属メイドですから」


 参ったな。

 カーテンの向こうにいるのに、見られている気がする。いや、実際かなり見抜かれているんだろう。これまでの積み重ねってやつだ。

 情けないところばかり、きっちり押さえられてる気がする。


「……どうして俺は、あんなものを作ったんだろうな。少し考えれば、未来が見えたはずなのに」


 口に出した瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、少しだけ形になる。


「ユウナギさんは、間違ってません」

「どうして、そう、言い切れるんだ?」

「誰かを傷つけるために薬を作ったわけじゃないって知ってるからです」

「意図がどうあれ、結果が最悪なら同じだろ」

「違います」

「どう違うんだ?」

「だって、ユウナギさん、すごく苦しそうです」


 言葉が出ない。


「本当に悪い人なら、閉じこもるほど落ち込むなんて、ないと思います。それに、悩んでいるってことは、守りたいものがあるってことじゃないですか?」


 その一言で、胸の奥を軽く叩かれた気がする。


「守りたい、ね……。守れる自信なんて、どこにもないけどな」

「自信なんて、なくていいんです。ユウナギさんは、いつも“どうすればいいか”を考える人です。絶望してても、考えるのをやめません」

「やめられないだけさ」

「それが、ユウナギさんの強さだと思います。逃げないで、向き合って、苦しんで。それでも前に進もうとするところ」

「前に進めてるようには見えないだろ」

「見えます。だって、私に話してくれてます」

「話すことが、前に進むことか?」

「はい。誰にも言わずに抱え込んでたら壊れてしまいます。

 でも、私には話してくれた。弱い所を隠さずに見せてくれた。

 それだけで、私は、ユウナギさんが、戻ってこれるって思えるんです」

「戻ってこれる……か」


 小さく繰り返すと、自分の声が少しだけ軽くなっている気がする。


「ユウナギさんのいない未来なんて、私、考えたくありません」

「そんなに俺を買ってくれるのか」

「買ってるんじゃありません。飼ってるんです! 強くて誇らしいユウナギさんを」

「強くなんてないさ」

「じゃあ、弱いままでいいですよ。弱くても、私は支えられます。だって、私は、ユウナギさんの専属メイドですから!」


 勢いよく言い切る声に、強い安心感が混ざる。ただ、そこにいてくれるだけで、勝手に戻れる気がしてくる。


 ――ほんと、かなわないな。


 天井を見たまま、ゆっくり息を吐く。さっきより、少しだけ深く吸える気がする。


 遠くから、靴音が響く。

 乾いた音が石畳を叩き、規則正しく重なってくる。一人や二人じゃないとすぐにわかる。

 耳を澄ますまでもない。嫌でも意識がそっちに引っ張られる。


「あ! ユウナギさん! 王様ですっ!」

「やっぱり」


 反射的に体を起こす。

 さっきまでの重さが嘘みたいに消えて、手が勝手に動く。

 ロールスクリーンに指をかけ、そのまま一気に引き上げる。

 視界が開けた瞬間、光が差し込んでくる。思わず目を細めるが、すぐに慣れる。


 前と同じ光景だ。騎士たちが手際よく台座を運び込み、サンクチュアリの前に据え付けていく。

 ほどなくして台座が完成し、その上に王がどっかりとあぐらをかく。

 周囲では騎士たちが無言で位置につき、空気が一段引き締まる。


 慌てて背筋を伸ばし、姿勢を整え、爪甲礼で頭を下げる。


「ブライアーズ陛下。申し訳ございません。不調法をお許しください」

「良い。先触れを出さず参ったのは余である。頭を上げ、楽にせよ」

「はい」


 顔を上げる。その流れで、視界の端にもう一つの人影が入る。

 台座の横。控えるように立つその姿に、見覚えがある。

 宰相だ。

 さっきまでとは別の意味で、胸の奥がざわつく。王だけでも十分すぎるのに、あの人まで一緒となると、話の重さが一段どころじゃない。


 ――大物が雁首揃えてお出ましか。いったい何の用だ。


「魔術適性者が減少している問題について、騎士団総長が調査せよと命じたそうだな」

「はい」


 ――今さら確認?


 わざわざ口にするってことは、王命じゃない。

 総長の独断か……。現場判断にしては、ずいぶん大きい仕事を振ってきたもんだ。


「調査結果は宰相から聞いておる。魔術適性付与薬を発明したそうだな」

「はい」

「見事だ。そなたの功績は大きい。望みがあるなら申してみよ、余が褒賞を与えよう」


 穏やかな声だ。

 だが、その奥にある温度が妙に低い気がする。

 むしろ、この流れ自体が用意されたものに見える。

 褒賞の提案も、王の自発というよりは、横にいる宰相の入れ知恵か。

 視線をほんのわずかに動かす。宰相は無表情のまま、こちらを見ているだけだ。


「……陛下。願いを申し上げる前に、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」


 言葉を選びながら口に出すと、王の目がわずかに細くなる。


「ほう……。褒賞より先に問うか。許す。申してみよ」と、声音が少しだけ弾む。

「今後、魔術適性付与薬をどのように扱われるおつもりですか」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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