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第76話 平和が壊れる音

「俺は! 死の商人なんて、なりたくない!!」


 声が勝手に跳ね上がる。止める前に、外へ飛び出していた。

 叫んだ瞬間、耳の奥で自分の声が反響する。


 視線が、一斉に集まる。

 空気が固まったみたいに、誰もすぐには動かない。


 ダニエルは息を呑んだまま止まっている。口を半開きにして、何か言おうとしているのに声になっていない。

 ジェイミーは眉をひそめ、じっと俺を見る。値踏みするみたいに、奥まで覗き込んでくる視線だ。

 ケイシーは何も言わない。ただ、不安を隠しきれない顔でこちらを見ている。

 アランは伸ばしたままの手が、わずかに震えている。


「どうされたのです? 理由を説明していただかないと……」


 その声音には戸惑いが混じっている。それでも、理解しようとする姿勢は崩れない。

 喉の奥がひりつく。息を吸うだけで痛む気がする。それでも、ここで止めたら全部が手遅れになる。


「俺たちが掴んだのは、ただの調査成果なんかじゃない。戦争の引き金だ!」

「戦争?」と、ケイシーが小さく呟く。その声がやけに遠い。


「この情報を握ってるのは、この国だけだ。つまりどうなる?

 簡単だ。“一方的な殺戮が始まる”。


 魔術を扱える兵が増える。

 剣が、槍が、鋭くなる。

 それだけで済む話じゃない。

 今まで拮抗してた戦場が、一瞬で崩れる。


 敵は理由もわからないまま斬り倒される。

 隊列ごと踏み潰され、城門は破られ、砦は落ちる。

 勝つのは簡単だ。簡単すぎる」


 喉が張りつく。空気を飲み込むたびに、ひびが入るみたいに痛む。


「なあ、勝てると分かった軍隊がどうなるか知ってるか?

 止まらなくなるんだよ。

 隣国を潰す。その次の国も潰す。

 理由なんて後からいくらでも作れる。

 国境は燃え続け、街は略奪され、兵は殺しに慣れていく。

 やがてこの国はこう呼ばれるだろう。

 “魔術で蹂躙する厄災”だ」


 唾を飲み込む。音がやけに大きく響く気がする。


「そして……。もしこの情報が漏れたらどうなると思う?

 他の国も必死になる。

 関係者が誘拐され、資料が盗まれ、拷問される。

 戦場は加熱し、互いに魔術で強化した兵がぶつかる。

 鎧なんて紙みたいに裂け、骨が砕け、肉が飛ぶ


 戦争の規模が変わるんだよ。

 今までは“兵がぶつかる戦争”だった。

 これからは“人間を削る戦争になる”

 兵士が減ると幼い子供まで徴兵される。

 まだ剣も握れないガキが血を流す」


 ふと、視界の奥に別の光景が重なる。

 エルフの里で見た子どもたち。

 細い腕で木の枝を握り、ぎこちなく振っていた姿。

 遊びみたいで、でもどこか必死で。

 その枝が、剣に変わる。

 胸の奥が、じわりと焼ける。


「もう誰にも止められない。

 戦争は終わらない。

 どこかの国が勝っても、別の国が同じことをやる。

 アラン……。

 お前は“王国騎士団の戦力が跳ね上がる”って言ったな」

「はい」

「違う、これはな――人間の殺し方を、もう一段階進めたんだよ」


 アランは静かに口を結んでいる。別の基準で物事を考えていそうな表情だ。


「ですが、あなたはこの結末を知っていて、耳長(エルフ)族の里へ行ったのではないのですか?」

「違う……」と、反射的に首を振る。

「考えが浅かった。あの時の俺はケイシー(エルフ)を救いたいという願いだけがあった。その先の惨劇なんて、想像してなかったんだ」


 視界の端に、ケイシーの姿が入る。見ないようにしても、意識が勝手に向く。


 長い沈黙が落ちる。

 誰も動かない。風の音だけがやけに大きく感じる。時間が引き延ばされたみたいに、間が続く。


「……そうですか。この件を知っているのは、あと誰ですか」


 アランの声が、その静けさを切る。


「俺の後輩たちに検証を手伝わせた。二人だ」と、ダニエルが淡々と言う。

「ならば、もう遅いでしょう。その者たちは、きっと自慢しているはずです」


 ――口止めなんてしていない。思いつきもしなかった。


「その者たちは魔術適性付与薬の材料は知っていますか?」

「いや。そこまでアイツらには教えてない。アンシアン汁ってのは味で分かってるが」

「不幸中の幸いですが、情報が漏れるのは時間の問題です。わたくしは宰相閣下に報告いたします。申し訳ございません、最後にユウナギ殿のお力になれなくて」


 そして深く頭を下げると、こちらの返事を待たずに踵を返す。

 そのまま足早に去っていく背中が、妙に遠く感じる。


「ユウナギ殿、そんな落ち込むなよ。誰にだって失敗はある。それに陛下は戦争を始めるような愚王じゃねえ」と、ダニエルの声がかかる。

「そうよ。あたしたちの世代は戦争を知らないの。魔術が使えるようになったくらいで、そんな大騒ぎになるとは思えないわ」と、ジェイミーも続く。


 二人とも、悪気はない。

 分かっている。

 分かっているのに、何も入ってこない。

 言葉が、胸の手前で全部止まる。


 俺は知っている。

 平和なんて、簡単に崩れる。

 ニュースでは、いつもどこかで戦争が起きていた。

 遠い国の話として流れていたけど、止まることはなかった。

 誰もが分かっているはずだ。不安定な均衡の上に立っているだけだと。

 細い綱の上で、落ちないように歩いているだけだと。


 誰が踏み外すのか。

 いつ踏み外すのか。

 何がきっかけになるのか。


 その全部が、曖昧なまま続いている。




 そして、その鍵が、今回、俺の手に渡った――


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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