第75話 功績と呼ばれた瞬間
ダニエルたちの後輩に、魔術適性付与薬を飲ませてから十八日後、一人目の後輩が魔術を発現させた。
報告を受けたとき、思わず息が止まる。来たか、という実感が遅れてじわりと広がる。
続けて二十一日後に二人目が続く。
偶然では片付けにくい間隔だ。
揃って結果が出た、その事実が重い。
「二人とも魔術が使えるようになったわ」
ジェイミーが隠しきれない様子で口元を緩める。抑えてはいるが、声に弾みが乗っている。
「やはり個人差があるみたいだね」
「あたしの見た感じだと、訓練への気合の入り方に影響している感じよ。集中力と言えばいいかな」
ジェイミーが腕を軽く組み、思い出すように視線を上げる。
「切れろ~切れろ~と念じながら訓練するヤツなんて少ないからな」
ダニエルが笑い混じりに言う。確かに、その発想に至るやつは多くない。
「そのあたりは被験者を増やせば調べは付くだろう。しかし、魔術適性は後天的に得られる。これは確実になった」
「そうだな」
「ええ」
「おめでとうございます、ユウナギさん」
隣から柔らかい声が差し込む。見ると、ケイシーが嬉しそうに微笑んでいる。肩の力が抜けた、いつもの笑顔だ。
胸の奥がじわりと熱を持つ。静かに、だが確かに広がっていく感覚。
結果を積み上げて、仮説を潰して、最後に残ったものを掴み取る。
まるで研究者になった気分だ。
庭園の入り口に、見慣れた文官の姿が滑り込んでくる。きっちりと整えられた服と、無駄のない足取りがいかにもアランらしい。
「ご無沙汰しておりますユウナギ殿。耳長族の里から先に帰還してしまい申し訳ありませんでした」
言い切ると同時に、深々と頭を下げる。相変わらず律儀だな、と内心で苦笑する。
「いや、外せない仕事があったんだろ」
アランは顔を上げ、わずかに眉を寄せる。
「すぐに戻る予定でしたが、面倒ごとが山積しておりまして、その事後処理に今日までかかってしまった次第でございます」
「それは大変だったね」
「本日からこちらの仕事に復帰致します。調査はどのようになっておりますでしょうか」
間髪入れず本題だ。切り替えが早いというか、仕事人間というか。
俺は軽く息を整え、これまでの流れを頭の中で整理しながら口を開く。
材料の話から始める。
アンシアンの果汁にラフィド芋を混ぜたこと。
ジェイミーが十五日で発現したこと。
後輩たちにも同じ結果が出たこと。
順番を崩さないよう、一つずつ話していく。
説明している間、アランは一度も口を挟まない。視線だけがこちらに固定され、眼鏡の奥で何かを高速で処理しているように見える。
すべて話し終えた瞬間、そのレンズがきらりと光る。
「素晴らしい!」
弾かれたように両手を握りしめ、声が一段高くなる。
「素晴らしい成果ですよ! 宰相閣下もきっとお喜びになられます!
さすがは異世界人。あなたの知識なくして、この謎を解くことなど不可能だったでしょう」
いつも冷静なアランが珍しい。
熱量が一気に押し寄せてきて、少しだけたじろぐ。
「いや、異世界の知識は使ってない」
そう返すと、アランは一瞬だけ言葉を止め、それからすぐに首を振る。
「ならば、ユウナギ殿は知識ではなく知恵が卓越しているのです」
「俺は特に何もしていない。料理に気づいたのはケイシーだし、アンシアンの実を見つけてきたのはジェイミーの功績だ」
「偶然よ」と、ジェイミーが肩をすくめ、興味なさそうに視線を逸らす。
「私はユウナギさんのお手伝いをしただけですから」
ケイシーは小さく手を振りながら、いつもの調子で控えめに笑う。
「功績なら俺の我慢も入れとけよ」
ダニエルが喉元を押さえつつ口を挟む。苦しみはもう残っていないはずなのに、こういうところだけは抜け目がない。
それらを一通り受け止めたうえで、アランはまっすぐ俺を見る。
「その二つを掛け合わせたのはユウナギ殿ですよね」
「それはそうだが」
「我々には思いつかない発想、そして実行力。それこそがユウナギ殿の素晴らしさなのです」
「過大評価だ」
「謙遜しすぎると嫌みだぞ」
横からジェイミーが口を挟み、にやりと笑う。その視線が妙に楽しそうで、余計に居心地が悪い。
「これで王国騎士団の全ての騎士が魔術を使えるようになるのですね!」
「……え」
背中を、冷たいものが這い上がる。皮膚の内側をなぞるような、不快な感触だ。
「今……なんて?」
言葉がうまく出てこない。自分の声なのに、どこか遠くから聞こえる。
「ですから、王国騎士団の戦力が跳ね上がる、と申し上げたのですが?」
当然の結論だと言わんばかりの口調。
その一言で、肺の動きが止まる。息が、入ってこない。
騎士が魔術を使う。
そんなことは最初から分かっていた。いや、分かっていたつもりだった。
ダニエルが使えるようになる。ジェイミーが使えるようになる。
俺の頭の中にあったのは、その程度の話だ。
目の前にいる誰か。顔と名前が一致する相手。その変化しか見えていなかった。
だが違う。
王国騎士団。
王国中の騎士。
何百人。
何千人。
いや、もっとかもしれない。その全員が魔術を扱えるようになる。
訓練場で見た光景が脳裏をよぎる。
木盾を切り裂く一撃。
相手を粉砕する刺突。
無数の矢が刺さる的。
あれが一人じゃない。軍隊になる。
そこで初めて理解する。
俺が作ったのは治療薬じゃない。研究成果でもない。
軍事技術だ……。
胸の奥が冷えていく。
そして、もう一つ。忘れたはずの声が蘇る。
『あなた一人の自由と、数万の命。秤にかけるまでもありません』
リンダの声だ。
世界を救えと言った女。
役割を受け入れろと言った女。
自由より大義を選べと言った女。
違う――違うはずなのに。
何も違わない。
世界が王国に変わっただけだ。
救世主が功労者に変わっただけだ。
結局みんな同じことを言う。
お前には力がある。だから使え。
みんなのために。
社会のために。
国のために。
俺一人の意思よりも重いもののために。
いつからだ……。
視界の端で、庭の緑がやけに鮮やかに見える。
いつから俺は、こんなにも浮かれていた。
考えれば分かる話だった。いや、分からなきゃいけなかった。
点が繋がる感覚が気持ちよかった。
仮説が当たるたびに、頭の中で何かが弾けた。
結果が出るたびに、周りが騒いだ。
その全部が、心地よかった。
胸の奥がじわりと重くなる。遅れてくる嫌な予感が、形を持ち始める。
気づけば、両手で顔を覆っている。指の隙間から差し込む光がやけに鬱陶しい。
「……なあ、アラン」
喉が引っかかる。うまく震えが抜けないまま、無理やり声を押し出す。
「今聞いたこと……全部、忘れてくれ。頼むから」
沈黙を期待したわけじゃない。けど、返ってきた言葉は想像よりずっと硬い。
「何を仰いますか、忘れるなどあり得ません。これは国の歴史を塗り替える偉業です!」
腕が振り上げられる。その動きがやけに大きく見える。
「国王陛下が、国民が、あなたの名を叫び称えるでしょう!」
褒められているはずなのに、まるで断罪されているみたいだ。
胸の奥で、何かが弾ける。
「俺は! 死の商人なんて、なりたくない!!」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。
全112話 毎日投稿します。
最後まで楽しんでいただけたら幸いです。




