第74話 効能不明の薬を飲め
王都外郭にある、第三軍の詰め所。
見慣れた部屋だ。壁際の槍も、使い込まれた机も、雑に積まれた書類も、全部そのまま。 戻ってきたな、と妙に実感が湧く。
扉がノックされる。
「入れ」
返事と同時に、若い騎士が二人入ってくる。見慣れた顔だ。足音の軽さも、扉の開け方も、いかにもこいつららしい。
俺の前まで来ると、ぴたりと止まり、背筋を伸ばす。形はできているが、力の抜け具合が中途半端だ。
「ダニエル先輩、戻ってたんすね」
「騎士団辞めたって噂、アレ、嘘だったんだなあ」
開口一番それか。相変わらずだ。
「おまえたち、俺がいない間、たるんでたんじゃないよな」
軽く圧をかけると、片方がいつもの調子で笑う。
「やだなあ訓練は欠かしてませんよ」
「それで、用事って何ですか?」
もう一人はさっさと本題を促す。無駄話が嫌いなほうだ。
「俺が総長の特命を受けているのは知ってるな」
「はい。異世界人の仕事を手伝っているらしいっすね」
「その件で、おまえたちに協力してもらうことになった」
言った瞬間、二人の目が少しだけ鋭くなる。軽口はそのままでも、仕事の顔に切り替わるのが早い。
「へぇー。護衛任務っすか?」
「いや、ある薬品の効果を試して欲しい」
一拍、空気が止まる。
「え……。薬、ですか?」
「効能は秘密だ」
重ねると、露骨に顔が曇る。
「秘密?! それってヤバい薬じゃないですよね」
「あたしも飲んだから毒じゃないのは保証するよ」
横からジェイミーが口を挟む。なぜか、コイツは後輩に慕われている。だから無駄に強い説得力があるのだ。
「姐さんがそう言うなら……」
渋りは残るが、引きはしない。こういうところは素直だ。
俺はテーブルの上の木箱に手を伸ばし、蓋を開ける。中から小さなガラス瓶を二つつまみ上げる。
親指ほどの背丈しかないそれは、やけに軽い。透き通った薄い壁の向こうで、半透明の乳白色の液体がゆっくりと揺れる。
【魔術適性付与薬】
耳長族の里とは無関係の地で育てられたラフィド芋とアンシアンの実から作られている。もしこれで魔術が発現するのなら、里とは関係ないことが証明されるとユウナギ殿が説明した。
俺は瓶を二人に差し出す。
手渡されたそれを、軽いほうがひょいと受け取り、もう一人も遅れて続く。
「これを飲めばいいんすね」
そう言いながら、コルクの栓を抜く音が小さく鳴る。そのまま口に運ばず、鼻先に近づけて、クンクンと慎重に匂いを嗅ぐ。
その瞬間、ぐっと顔をしかめる。
「うぇっ……、なんすかこれ……、アンシアン汁じゃないですか」
もう一人も瓶を覗き込み、眉をひそめる。
「拷問じゃないですよね、先輩?」
「これは仕事だ、つべこべ言わず、さっさと飲め」
即答すると、二人は顔を見合わせる。逃げ道を探すような視線が一瞬だけ交わるが、すぐに諦めたように肩を落とす。
こいつらの祖先に耳長族がいないことは、事前に確認済み。
だからこそ、ここに呼んでいる。
やがて観念したのか、二人は同時に瓶を傾ける。喉が鳴る音がやけに大きく聞こえる。
「うげぇ~まじぃ~っ」
「風邪ひいてもいないのに飲まされるなんて」
「アンシアン汁に栄養があるのは知ってるでしょ」と、ジェイミーが淡々と言う。
「それはそうっすけど」
もう一人が喉元を押さえながら、様子を確かめるように体を軽く動かす。
「特に体に変化ないですが、これで、どうなるんですか?」
「すぐには効果は出ないわ」
「そうっすか」
「だから、効果が出るまで毎日アンシアン汁を飲んでもらいます」
「はぁっ?!」
「マジっすか?!」
さっきまでの渋りとは別の意味で声が揃う。
「総長からの特命だ、嫌とは言わせない」
声を落として言うと、二人ともぐっと言葉を飲み込む。
「あたしたちがいない間、怠けていなかったか確認するわ。訓練場に来なさい」
ジェイミーが追い打ちをかける。
「へ~い」
力の抜けた返事。それでも足は素直に動き、二人は部屋を出ていく。
残ったのは、飲み干された瓶と、わずかに残る顔しかめの余韻だけだ。
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「――という感じで、後輩たちに魔術適性付与薬を飲ませたわ」
ジェイミーが、やけに身振りを交えて話を締める。途中のやり取りまで見えてくるような語り口で、聞いているだけで二人の顔が浮かぶ。
「上々だね」
軽く返すと、隣でダニエルが腕を組んだまま頷いた。
「ユウナギ殿の指示通り、魔術適性に結びつくような話はしていない」
その言葉に、俺も小さく頷く。先入観は排除しておきたい。思い込みで結果が歪むのは避けたいところだ。
「ジェイミーに効果が表れたのが十五日。個人差があるのかわからないが、そのくらいの日数は様子見しよう」
「おう」
「はい」
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