第73話 才能の開花
広場の中央で、木剣がぶつかる。
乾いた音がぱしりと弾け、空気が一瞬だけ張りつめる。
ダニエルが踏み込む。
地面を踏み抜くような一歩で間合いを詰め、その勢いのまま木剣を斜めに振り下ろす。
重さがそのまま乗った一撃だ。
ジェイミーは正面で受けない。
刃をわずかに傾け、ぶつかる力を横へ流しながら、足を半歩ずらして位置を外す。
すぐに次の音が重なる。
打ち合いが途切れない。
ダニエルは構えを崩さない。
足も上体もどっしりと据えたまま、力で押し込むように剣を振る。
対してジェイミーは踏み込みを抑え、細かく位置を変えながら、下からすくい上げるように木剣を走らせる。
動きの大きさが、まるで違う。
力と重さで押すダニエル。
流して、崩して、差し込むジェイミー。
教本みたいな対比だが、目の前でやられると納得感が高い。
周りでは子どもたちが固まっている。
誰も声を出さない。
目だけが忙しく動き、剣の軌道を追いかけている。
中には追い切れていない子もいる。
それでも、誰一人として目を逸らさない。
ダニエルがさらに踏み込む。
地面を鳴らす音が一段重くなり、振り下ろしがさっきよりも速く、深くなる。
ジェイミーはわずかに体をずらすだけでそれを外す。
その流れのまま、腰を回して横薙ぎに一閃。
木剣が交差する。その瞬間――
ジェイミーの木剣が、淡く光を帯びる。
次の瞬間、音もなく、ダニエルの木剣が中央からすっと分かれる。
切っ先が遅れて地面に落ち、ゴトリと重い音。
静寂が一拍だけ残る。
それを破ったのは、子どもたちの手の音だ。
ぱちぱちと不揃いに始まり、すぐに広がっていく。
その流れに乗るように、俺も手を叩く。
隣でケイシーも、小さく弾むように拍手している。
肩で息をしながら、二人がこちらへ歩いてくる。
さっきまでの動きの激しさが、余韻として見える。
ジェイミーは足を止め、握った木剣を、まじまじと見下ろす。
「まさか、あたしが魔術を使えるなんてね」
声はいつも通り軽いが、実感が追いついていない、そんな顔だ。
「俺も未だに信じられん」と、ダニエルが肩をすくめる。
足元に転がった木剣の先端を見下ろしながら、軽くつま先で転がし、
「本当に原因を突き止めるとはな」
「ユウナギさんは凄いんですよ」と、ケイシーが顎を少し上げて、胸を張る。
自分のことじゃないのに、やけに誇らしげだ。
「ああ、そうだな」と、ジェイミーが笑う。
今度はちゃんとこちらを見て、ついでのようにケイシーの頭をぽんぽんと撫でる。
ケイシーは嫌がらない。むしろ少しだけ嬉しそうにしているあたり、扱いが完全に子どもだ。
アンシアンの果汁に、ラフィド芋の微塵切りを混ぜたもの。
俺たちはそれを“魔術適性付与薬”と呼ぶことにした。
あの試飲から十五日が経つ。実験を始めた頃のことだ。ジェイミーはそれを飲むとき、涙を浮かべていた。しかも俺を睨みながらだ。
「成果が出なかったら殺す」と、さらっと言われたが、まったく冗談に聞こえなかった。
魔術適性付与薬を飲まずに訓練を続けたダニエルは、まだ魔術が使えない。なので、この里に影響力はないと考えられる。
一方で、“魔術適性付与薬”を飲みながら訓練を始めたジェイミーは、魔術を使えるようになっている。
偶然と言い張れなくもない。訓練の質や相性の問題、と逃げ道はいくらでもある。
「これで大筋の仮説は立証された。
魔術適性付与薬を摂取することで魔術適性が宿る。
そして、訓練を続けることで、その適性が開花し、魔術が使えるようになる。
残る検証は、この土地との関係だ。
この里で育てたラフィド芋だけなのか。
あるいは、この里で食べること自体に意味があるのか」
「ダニエルの訓練が足りないって線もあるけどね」
横からジェイミーが口を挟む。余裕のある笑みで、ちらっとダニエルを見る。
「断言しよう、それはない」と、即答するダニエル。
一瞬の沈黙のあと、空気がふっと緩む。誰からともなく小さく笑いが漏れ、そのまま広がる。
「残る二点については王国でも検証可能だ。エルフの里での検証は必要ないと思う」
ここに居続ける理由は、もうほとんどない。データを取るなら、むしろ王国のほうが条件を揃えやすい。
「そうだな、異論はない」と、ダニエルが頷く。
「賛成よ」と、ジェイミーも即答する。
そのやり取りを見て、なんとなく察する。
――ああ、帰りたいのか。
騎士としての仕事もあるだろう。言葉に出さなくても、その空気は十分に伝わってくる。
しかし、この里の空気は嫌いじゃない。
王都へ戻れば、また面倒な連中と向き合うことになる。
できることなら、もう少しここにいたい。
……だが、検証は進めなければならない。
この気分、気に入った出張先から帰りたくない時と同じだな。
そんなことを考えると、ふっと口元が緩む。
「では、戻るとするか」
結局、アランは戻ってこなかった。連絡の一つもないあたり、仕事が立て込んでいるのだろう。あの性格でサボるとは思えない。
俺たちは準備を整え、そのまま里を後にする。
足取りは軽い。成果は出たし、検証の筋道も立った。気分としては、ほとんど凱旋だ。
しかし、待ち受けていたのは悲劇だった――
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