第72話 森からの手土産
帰ってきたジェイミーは、肩の力が抜けた軽い足取りで、そのままこちらへ向かってくる。
「ユウナギ殿、これ収穫」
手に持っていたものをテーブルに落とすと、ゴトリ、と鈍い音が響く。
置かれたそれは、丸くて大きい。表面は硬そうで、色味も含めてヤシの実に近い印象を受ける。
「これは何?」
「アンシアンの実ですね」と、ケイシーが答える。
「とても栄養があって、体力が落ちたときに薬として食べます。でも、とてもまずいので子どもは泣いて嫌がります。じつは、私も苦手です」
言いながら、眉がきれいに八の字へ寄る。その表情だけで、だいたいの味が想像できる。
「ユウナギ殿は食べたことないだろ? 試してみる?」
ジェイミーが口の端を上げる。
――なるほど、俺が苦しむのを見たいわけだ。
ジェイミーは腰からナイフを抜くと、指先で軽く回し刃を下に向ける。
そのまま実を抱え込み、底へと刃を突き立てる。
ガリガリ、と乾いた音が続く。
思った以上に殻は硬いらしく、削るたびに細かい欠片がぽろぽろと落ちる。
「器用だな」
「まあね。軍にいればナイフさばきは上達するよ」
やがて小さな穴が開く。
ケイシーが木の器を、そっとジェイミーの前へ置く。
ジェイミーは角度を変え、実をゆっくり傾ける。すると中から、半透明の液体がとろりと流れ出し、器へ静かに溜まっていく。
俺はサンクチュアリの引き出し経由でその器を受け取る。
まずいとわかっている飲み物を、自分から口に運ぶ日が来るとは思わなかった。
けれど、さっきまでダニエルにやらせていたことを思い出し、なんとも言えない気分になる。
――因果応報ってやつか。
器を傾ける前に、わずかに鼻へ近づける。
ほのかに甘い香りがする。拍子抜けするくらい穏やかで、警戒していた身としては逆に構えてしまう。
そのまま、慎重に口元へ運ぶ。
舌に触れた瞬間、予想が外れたのがはっきりとわかる。
「美味しいな」
「うそでしょ?」
ジェイミーの顔が目に見えて崩れる。さっきまでの挑戦的な表情が一瞬で消え、代わりに疑いが前面に出ている。
「甘い果物の果汁って感じだ。もしかしたら、異世界人だから味覚が違うのかもな」
器を軽く揺らすと、中の液体はとろりと動き、ゆっくりと内側を伝う。
コクリともう一口。
ほんのりとした甘さ。濃く、まとわりつくような舌触り。それでいてくどさはない。
そのとき、ふと視界の端に引っかかる。テーブルの上、放置されたままのラフィド芋の微塵切り。
――待てよ。
「ケイシー、微塵切りをくれないか」
「えっ……」と、小さく声を漏らす。
「実験だよ、実験」
わずかに間を置いてから、
「はい」と躊躇いながら頷く。
サンクチュアリの引き出し越しに、それを受け取る。
手元の器へ落とすと、ぽとり、と小さな音。
半透明の果汁の中に沈み、すぐに見えなくなる。
事情を知らないジェイミーが、怪訝そうに眉をひそめているのが視界に入る。
――まあ、そうなるよな。
スプーンでゆっくりとかき混ぜる。
液体がとろりと動き、底に沈んだ欠片が巻き上がる。
十分に混ざったところで、すくい上げ、そのまま口へ。
まずは飲み込まず、口の中に含む。
――痛くない。
舌の上で転がす。
粘り気のある液体が舌に広がり、その中に紛れた芋の感触がかすかに触れる。
――痛くない!
ゆっくりと喉へ流し込む。
そのまま、するりと落ちていく。
――痛くない!!
「ケイシー。ジェイミーにも同じものを」
「はい!」
俺の表情で察したのか、ケイシーの顔がぱっと明るくなる。迷いのない動きで器を取り、さっきと同じ手順で準備を始めた。とても手際がいい。
差し出された木の器を、ジェイミーは受け取らずに見つめる。眉が寄り、警戒が露骨に溢れ出す。
「なあ……、これ危ないやつじゃない? こいつは倒れてるしさ。ユウナギ殿は実験とか言うしさ」
ちらりとダニエルを見る。まだ転がったままだ。
まあ、その気持ちはわかる。
「騎士団の勇気はどうした!」
「関係ねーだろっ!」
――よし、なら手段を変えるか。
俺は手拍子を始める。
パン、パン、パン、パン。
乾いた音が広場に響く。
「いきましょう、参りましょう、ぐーっとぐっと! ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!」
懐かしいリズムが口から出る。大学時代、無駄に覚えた一気コールだ。
すると、横からすぐに声が重なった。
「いきましょう、参りましょう、ぐーっとぐっと! ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!」
ケイシーがノリノリで合わせてくる。妙に声が弾んでいる。
二人分になると、圧が違う。
――体育会系の騎士が、このノリに逆らえるわけがない!
「いきましょう、参りましょう、ぐーっとぐっと! ハイ、ハイ、ハイ、ハイ!」
コールが続く。
ジェイミーの視線が泳ぐ。
俺たちと器の間を行き来し、やがて逃げ場を失ったように一点へ固定される。
目が、寄る。
「……くっそ!」
吐き捨てるように言い、ついに器を掴む。
そのまま目をぎゅっと閉じる。覚悟を決めたような顔だ。
ぐいっ、と一気にあおる。
喉が大きく動き、すべて流し込まれる。
「まっずぅーーーい!!」
即座に顔が歪む。予想通りの反応だ。
「痛くは?」
「はぁ!? 痛くはないよ! まずいだけ!」
言い切る声には余裕がある。ダニエルの反応とは明らかに違う結果。
「やったっ!」
ケイシーがその場で跳ねる。小さくぴょんぴょんと上下し、隠しきれない喜びがそのまま動きに出ている。
それを見たジェイミーの目に、じわっと涙が浮かぶ。
「人が苦しんでるの、そんなに楽しいのかよ……」と、恨みがましい声。
俺は一度咳払いして、わざとらしく姿勢を正す。
「えー、ジェイミー君には、毎日アンシアン汁を飲んでもらいます」
「外道かっ!!!」
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