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第71話 根性論という名の拷問

 いつものテーブルの上には、ケイシーが集めて来た食材が並んでいる。

 それに、包丁と、まな板。実験場というよりも簡易的な台所だ。

 そして椅子には、視線を地面に落とし、生気の抜けたような表情をしたダニエル。


「今から実験を始める」

「はい」と、ケイシーが元気に返事をする。

「微塵切りにしたら、噛まずに、そのまま飲み込めるかもしれない」

「微塵切りですね、任せてください」


 ケイシーがためらいなく包丁を握る。

 次の瞬間には刃が落ち、まな板の上で乾いた音が連続する。

 細かく刻まれていくラフィド芋は、叩かれるたびに形を失い、小さな欠片となって周囲にわずかに跳ねる。

 やがて動きが止まり、小山の中から、ひとくち分だけ木皿へ移される。

 ケイシーはそのまま一歩寄り、ダニエルの前に皿を滑らせる。


「どうぞ」


 ダニエルは、なかなかスプーンに手を伸ばさない。

 しかし、ここで急かしたら気持ちが折れるかもしれない。

 動くのをじっくりと待つ。


 ダニエルは躊躇いながらもスプーンを握る。視線は動かないのに、手元だけがわずかに揺れる。短く息を吸い、覚悟を決めるように肩を固める。

 スプーンが動く。

 細片をすくい上げる動きはぎこちないが、そのまま口元へ運ばれていく。


「うっ……」


 唇に触れた瞬間、肩がびくりと跳ねる。

 噛んでいない。

 喉を通そうとしているのが、引きつる首の動きでわかる。

 だが、途中でぴたりと止まり、目が見開かれる。


 次の瞬間、膝が崩れる。

 片手を地面につき、耐えるように体を支えるが、すぐに限界が来る。

 吐き出されたそれが、ばらばらと地面に散る。


「口に入れた瞬間、激痛だ。とてもじゃないが飲み込めない」


 低く押し出すような声。余裕は欠片もないようだ。


「失敗か……」


 俺が呟くと、ケイシーが布で包丁を拭きながら、視線だけこちらに向ける。


「もっと細かく、すり潰してみるのはどうでしょう」

「それだと食材の細胞組織を壊す可能性がある」

「細胞組織?」

「目に見えないほど小さな塊だよ」

「そうなんですね」


 納得したように頷く声の横で、ダニエルはまだ片膝をついたまま動かない。歯を食いしばる音が、かすかに耳に残る。


「次の実験だ。微塵切りに蜂蜜を絡め、粘性の膜に包み込む。痛みが軽減できないか検証する」

「蜂蜜ですね」


 ケイシーは新しい木皿を用意すると、刻んだラフィド芋をそこへ移す。

 間を置かず、上から蜂蜜を細く垂らす。

 とろりとした液体が表面に広がり、光を鈍く反射する。

 スプーンでゆっくりと混ぜ始めると、粘りが糸を引き、芋の輪郭が次第に曖昧になる。

 角ばっていた欠片は、いつの間にかまとまり、塊へと変わっていく。


 ――大学芋みたいだな。見た目は美味しそうだが……。


 動きを止めたケイシーは、そのまま皿を持ち上げると、片膝をついたままのダニエルの前へ差し出す。


「どうぞ」


 ダニエルはスプーンを握ったまま固まっている。

 その目が皿を見る。

 ケイシーを見る。

 また皿へ戻る。

 その往復が、やけにゆっくり繰り返される。


 数秒、いや、体感だともっと長い沈黙が落ちる。

 手は動かない。

 ケイシーの手がじわりと前へ出る。ほんのわずかな距離なのに、圧が増した気がする。


「どうぞ」


 声は変わらない。だが、逃がさないという意志が乗っていように感じる。

 ダニエルは視線を外し、観念したように腕を動かす。震える手を皿へ伸ばし、蜂蜜に覆われたそれをすくい上げる。


 ゆっくりと口へ運び、そのまま中へ。

 先ほどの、瞬間的な防衛反応はない。


 ――成功か?


 喉が動く。

 その直後、スプーンが転がる。

 両手が地面につく。

 指が土を掴み、爪の間に入り込むほど力が入っている。

 腕の筋が浮き、呼吸が荒く崩れる。


「なんとか飲み込めたが、喉が焼けるように痛い。二口目は絶対に無理! 無理だ!!」


 吐き出すような叫び。目にはうっすらと涙が見える。


「ダメか……」

「もうかんべんしてくれ」


 言い切ると同時に、ダニエルは地面に倒れ込む。

 支えを失った体がそのまま転がり、横たわる。。

 腕で顔を覆い、身を守るように丸まる。


 俺はテーブルに並んだ食材を睨みつけながら、腕を組む。


「発想はいい線いっていると思うんだけどな」

「粘性が高すぎても良くないみたいですね」


 ケイシーが蜂蜜の器に指を差し入れる。すっと持ち上げると、黄金色の糸がとろりと垂れる。そのまま、ためらいなく指先を口へ運び、ぺろりと舐める。


「喉に張り付いて、逆に痛みが増すのかもしれませんね」


 甘さに気が緩んだのか、口元に小さな笑みが浮かぶ。


「仮に喉を通ったとしても、胃壁を刺激する可能性もある。下手をすれば体を壊すな」


「もどったよー」と、軽い声が背後から飛んでくる。


 視線を向けると、広場の入口にジェイミーの姿が見える。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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