第69話 郷土料理
広場に乾いた音が響いている。木と木がぶつかる軽い衝突音と、子どもたちのはしゃぐ声が混ざって、とても賑やかだ。
その中心で、ダニエルが腕を振り上げる。手にしているのは木剣だが、振り下ろす軌道は無駄がなく、見ているだけで圧がある。
「違う違う! 剣は振り回すんじゃねえ、腰からだ!」
怒鳴り声が飛ぶと、正面にいた子どもがびくりと肩を跳ねさせる。それでも逃げ出さないあたり、案外根性があるのか、それとも単に楽しいだけなのか。
集まっているのは、見事に子どもばかりだ。
騎士の訓練に混ざろうなんて、普通は思わない。いや、そもそもこれは訓練なのか、という疑問はあるけど。
「おいそこ! 足止まってんぞ!」
ダニエルの声に、指さされた子どもが慌てて踏み込む。ぎこちないけれど、さっきよりはマシだ。
ダニエル道場が機能し始めて、もうかれこれ十日経っている。
最初はただのごっこ遊びだった。適当に振り回して、当たった当たらないで騒ぐだけの、よくある光景が続いていた。
それが、ダニエルに捕まってから様子が変わった。
振り方が揃い始めている。足の運びも、それっぽい。まだ粗いが、形だけなら剣術と呼んでも差し支えないレベルに近づいている気がする。
本人たちは気づいていないだろう。ただ夢中で、必死に真似しているだけだ。それでも、繰り返しているうちに体に残るものはある。
そんな光景をサンクチュアリの上で、あぐらをかいたまま見ている。
手は膝の上で宙ぶらりんだ。何を握るでもなく、何をするでもなく。行き場がない。
子どもたちの成長を見て、胸の奥が少しだけ温かくなる。
……はずなのに、すぐその温度がざらつきに変わる。
調査は暗礁に乗り上げている。
ケイシーとジェイミーが情報を集めているが、これといった原因は掴めていない。
時間だけが勝手に流れていく。
何かしようとしても、手が動かない。
動かす材料もない。
ただ、焦りだけが身体の内側で膨らんでいく。
そもそも、ダニエルに剣術を教えるように提案したのは俺だ。その結果、彼は成果を上げている。子どもたちは成長し、里民のうけもいい。
それなのに俺は……。
どうして、あの木剣の音が、こんなにも耳に刺さる。
どうして、あいつらの成長を見るたびに、胸の奥がざわつく。
苛立つ理由なんて、どこにもない。
ないはずだ。
……なのに、どうしようもなくやりきれない。
この感情の置き場が、どこにも見つからない。
広場の入口に、ふと人影が差す。視線を向けると、ケイシーと見慣れないおばさんが並んで歩いてくるところだ。
ケイシーは両手で籠を抱えている。伸びた腕を見れば、かなり重いのだとわかる。
その横で、おばさんも同じように荷物を抱えながら、ずんずん進んでくる。
「ユウナギさん、お待たせしました」
声はいつも通りだが、足取りはやや慎重だ。落とすまいと気を張っているように見える。
二人はそのままテーブルへ向かい、籠をそっと置く。
次の瞬間、おばさんの息を吸い込む気配がして、
「あんたたち、昼ごはんだよ! 手を洗っといで!」
広場に響く大声。思わず肩がびくっと動く。ダニエルの怒鳴り声とはまた違う、生活感の塊みたいな音量だ。
「はあ~い!」
子どもたちが一斉に返事をして、木剣をその場に置く。さっきまであれだけ必死に振っていたのに、切り替えが早い。
駆け出す足音が重なり、広場の空気が一気に散る。小さな背中が次々と入口へ向かっていく。
――オバチャンが元気なのは、どこの世界でも同じだな。
おばさんは子どもたちを追い立てるようにして、そのまま広場の外へ消えていく。どうやら配膳まで面倒を見るわけじゃなく、運ぶのを手伝っただけらしい。
テーブルの上に、料理が並んでいく。皿が置かれるたびに、こつりと乾いた音が重なり、さっきまでの騒がしさとは違う、落ち着いたリズムに変わっていく。
固そうなパンに、湯気を立てるスープ、瑞々しい野菜のサラダ。見た目は質素だが、手は抜かれていないように見える。
用意されているのは二人分。ダニエルとケイシーの席だ。
アランは王都に戻ったままだし、ジェイミーは狩人にくっついて森の中だ。
俺の分は、いつものようにトレーにまとめられている。
「ふぅ~っ。子供は元気でいい」
ダニエルが大きく息を吐きながら椅子に腰を下ろす。肩がわずかに上下していて、さすがに疲れたらしいが、その顔はどこか楽しそうだ。
一人で剣を振っていたときの、あの無言の圧はない。代わりに、妙に人間味のある表情をしている。
「はい、どうぞ」
ケイシーが差し出したのは、軽く絞った手ぬぐいだ。まだ水気が残っていて、触れればひんやりしていそうに見える。
ダニエルはそれを受け取ると、遠慮なく顔に押し当て、そのままごしごしと荒く拭き始める。
「今日の料理も美味そうだ。ケイシー殿は良い奥さんになるだろう」
手ぬぐいを首にあてながら、さらっとそんなことを言う。
たぶん素直な感想なんだろうが、セクハラ認定されそうなセリフなんだよな。
「エヘヘ、ありがとうございます」と、ケイシーは頬を緩めて、照れたように笑う。
俺も食事を始める。スプーンでスープをすくい、そのまま口に運ぶ。表面に浮いた油が、わずかに揺れる。ちょっと重そうだと思ったが、口に入れた瞬間、その印象が少し変わる。
しっかりとした旨味が広がる。肉の出汁が溶け込んでいて、舌に残るコクが深い。けれど、しつこさはない。
「このスープ、濃厚で美味しいよ」
正直な感想をそのまま口にするとケイシーがぱっと顔を上げる。
「猪肉を煮込んであります。お口にあいましたか?」
「ああ、臭みがないね。食べやすい」
たしか猪肉は獣臭いと聞いたことがある。けれど、この肉は妙なクセがまったく引っかからない。気づけばもう一口、自然とスプーンが動いている。
「下処理が済んだお肉を頂いたんです。秘訣は聞いてあるので同じ味は出せますよ」
「それは次も期待できるね」
きゅっと引き締まった口元。それに、握られた拳。“よし!”と聞こえてきそうな気配だ。
「痛っ! イタタタ!」
突然、ダニエルが苦しみ始める。
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