第68話 トレジャーハンター
夕方の広場は、昼間とは別の顔をしている。
木々の影が長く伸びて、空の色もゆっくりと沈んでいく。
ヘッドボードのLEDライトが淡く光り、その頼りない明かりが、手元だけを切り取るように照らしている。
ケイシーがエプロンの端を整えながら、少しだけ胸を張る。
「里の方が食材を分けてくれました。それに、郷土料理も教えていただきました。お口にあうかわかりませんが……」
マットレスの上にはトレーが置かれていて、そこに料理がきれいに並んでいる。
木の器に盛られた煮込みには、ゴロリとした肉塊が姿を見せている。
「そんなことない。いつも美味しい料理をありがとう」
そう言うと、ケイシーはほっとしたように小さく笑う。
テーブルの上にはランタンが置かれ、揺れる光が料理の影をかすかに動かしている。
少し離れた場所では、ダニエルがまだ剣を振っている。腕が上下するたびに、ブン、と空気を裂く音が一定の間隔で響き、そのリズムが背景音みたいに続いている。
やがて、その音が止まる。
ダニエルが肩を回しながら、こちらへ歩いてくる。額にうっすらと汗を浮かべているのが、ランタンの光でわかる。
「駄目だな」と、短く吐き捨てるように言う。
「そう簡単にいくなら苦労しないでしょ」
椅子にだらりともたれていたジェイミーが、気の抜けた声で返す。
アランは背筋を伸ばしたまま椅子に座り、すでに食事を始めている。
そのスプーンの動きを止め、
「本日、里を一通り見て回りました。
農地、住居、共同施設、井戸。
住民の方にも数名お話を伺いました。
結論から申し上げますと、魔術適性の減少につながりそうな要因は、現時点では確認できませんでした」
そして再び手を動かし始める。
ジェイミーもそれに続いて食事に手をつける。
「耳長族の里なら何かあると思ったんだけどね」
「生活様式は王国と大きく変わりません。特異な習慣、宗教的儀式、特定薬物の常用なども見受けられませんでした」
補足するアランの声は変わらず冷静だ。
ダニエルが椅子に腰を下ろし、どさりと体重を預ける。
「魔術の名人でも出てくるかと思ったんだがなあ」
「まあ、そんな都合よくはいかないか……」
初日から結果が出るとは思っていない。けれど、それでも、何の成果も得られないというのはくるものがある。
無意識に、ため息が零れ落ちる。と、次の瞬間。
「ビバ・エンジョイ!」と、サリーが唐突に声を出す。もちろんコイツの声は、俺にしか聞こえていない。
――そうだな。焦らなくていい。
一瞬だけ沈みかけた空気が、そこで踏みとどまる。
ムードメーカーならぬムードぶち壊し機だな。
口元がわずかに上がる。
「なあみんな、この里に、どのくらい滞在する気でいる?」
何気ない調子で投げると、ダニエルが器を傾けたまま答える。
「三日ぐらいだろ?」
「あたしもそれぐらいだと」
「はい、わたくしも同様の意見です」
三人とも考えが甘い。
「へぇ~。俺は百日くらいを想定してる」
「はぁっ?!」
三人の声がきれいに揃う。
ダニエルの口からスープが跳ねて、慌てて手の甲で拭っているのが見える。
「考えてみてくれ、たった三日でダニエルが魔術を使えるようになると思うか?」
「それは……、わからん」
――正直でよろしい。
「仮にだよ、この里の水が原因だとする。それを飲んで、体に吸収されて、血肉になって、術が発動する。その過程を検証するのに、何日必要だ。俺は最低でも七日は様子見したい。
他にも、季節ごとの行事が影響しているのなら、四季が一周するぐらいの観察は必要だろ?」
ダニエルが遠い目をする。さっきまでの勢いが、少しだけ抜ける。
「第三軍の席、消えてるだろうな」
現実的な問題だ。組織に属している以上、空席は空いたままにはならない。
アランの顔色もわずかに変わる。ランタンの光のせいだけじゃない。
「わ、わたくしも……宰相閣下の元をそんなに離れる想定はしておりませんでした。申し訳ありませんが、四日後には、わたくし一人だけでも王都へ戻らせて頂きます」
言葉は丁寧だが、ほとんど即断に近い。立場を考えれば当然だ。
するとジェイミーの口元が、にやりと歪む。嫌な勘の良さをしている顔だ。
「なあユウナギ殿。まさかとは思うけどさ、王城にいるのが嫌で、ここでの~んびりしたい、とか思ってないよね?」
――鋭いっ!!
一拍で表情を整える。こういうときは速度が命だ。
「嫌だなあジェイミーさん、僕がそんなこと考えるわけないじゃないですかぁ」
ジェイミーはしばらく俺を見ている。値踏みするみたいな視線だ。
やがて、ふうと息を吐く。
「いいさ、上から手伝えって命令されたんだ。何日だって付き合ってあげるよ」
半分は諦め、半分は納得。そんな落としどころだ。
実際、調査に日数を要するのは嘘じゃない。それと同時に、この里に残りたい気持ちも多少は、ある。
どちらを選ぶかなんて、今の段階で決めることじゃない。それこそ“取らぬ狸の皮算用”だ。結果が出なければ、嫌でも長期滞在することになるのだから。
「俺は百日間も剣を振り続けるのかよ……憂鬱だぜ」
「里の若者に剣術を教えるってのはどう?」と、思い付きを提案してみる。
「おおっ!! それはいいな! 里長に話を持ちかけてみる!」
チームメンバーのモチベーションを保つのも俺の役目だ。
しかし、分かっているのかね、君たち。
プロジェクトをやり切るには、百日なんて長いようで、実はとても短い。
短いスパンで目標を刻んでいかないと、計画は必ず崩れる。
夏休みの宿題を最後の七日で片付ける。
そんな無謀が許されるのは小学生までだ。
しかし、俺たちはトレジャーハンター。
宝がある保証なんて、どこにもない。
だからこそ、少しくらい、楽しみながら探すのも悪くないだろ――
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