第66話 秘密結社
村人たちが去り、広場には俺たちだけが残る。木の葉が揺れる微かな音しか聞こえないほど静かだ。
アランが指先で眼鏡のズレを直すと、
「この広場なら、秘密の会議をしていても聞かれる心配はありませんね」と言い、含みのある笑顔を見せる。
――まるで悪の組織の参謀みたいだな。
憩いの場に、急に現実をぶちまけられたようで、心の奥がもやっとする。
「ユウナギ殿、これからの予定をお聞かせ頂けないでしょうか」
「その前に確認させてほしい。今のところ、みんなは魔術は使えないんだよな?」
「おう」「ええ」「そうです」「はい」
声が重なる。タイミングが揃いすぎて、打ち合わせでもしていたのかと疑いたくなるくらいだ。
「では、この里での目標だが。四人のうち誰かが、もしくは全員が、魔術が使えるようになることだ」
「へぇ、俺が魔術ねえ」と、ダニエルが声を漏らす。
「この里で生活するだけで効果が表れるのなら、四人が、ほぼ同時に魔術を使えるようになるだろう。けれど、そうじゃないと俺は睨んでいる」
「あたしもそう思うわ」と、ジェイミーが頷く。
「そこでだ。皆には、それぞれ違う生活をしてもらう。まず、ダニエルには剣を振り続けて欲しい」
彼の口元がにやりと持ち上がる。待ってましたと言わんばかりだ。
「いつもの訓練をやりゃいいのか?」
そう言うと、腕をぐっと曲げて、これ見よがしに力こぶを見せてくる。
「そうだ」と、短く返しつつ、次に視線を移し、
「ジェイミーには悪いけど、里にいる間は稽古や鍛錬は中止してほしい」
「こいつとあたしを比較するためだね」
言いながら、ジェイミーがダニエルの肩を拳で軽く叩く。ごつん、と鈍い音が響くが、ダニエルは微動だにしない。
「そのかわり、アラン、ケイシーと一緒に情報収集を頼みたい。
この里の風習、信仰、生活……。
とにかく何でもいい。
三人にとって初めて知ることを、注意深く観察してくれ」
「ユウナギさん、私もですか?」と、ケイシーが少し目を丸くする。
「魔術適性はエルフに関係がある。そう仮説を立てた。
でも、エルフの血を引いているケイシーは魔術が使えない。その違いの中に、糸口が見つかるかもしれない。
だからこそ、ケイシーは“違い”に気づける可能性があると思ってる」
「責任重大ですね!」と、フンスと鼻を鳴らす。
「そんなに肩肘張らなくていいよ。何の根拠もない、ただの憶測なんだから」
軽く緩めるつもりで言うと、ケイシーは首を横に振る。
「でも、ユウナギさんはすごいですから、きっと何か新しい発見をするんだと思います」
「そうなるといいね」
――期待値が高すぎて、ちょっと胃が痛い。
アランが眼鏡の位置をなおしながら、わずかに視線を落とす。
「効率を考えるなら、三人は別行動をとったほうが良いと考えます。里民たちの態度も友好的ですし、危険は少ないと判断しますが、いかがでしょうか」
理にかなっている。情報収集は分散したほうが早いし、接触面も増える。
「この世界の治安について詳しくない。だから単独行動については、アランの判断に任せたほうがいいと思う」
アランは一瞬だけ目を伏せて考え込み、それから小さく頷く。
「なるほど……では、初日は三人で行動しましょう。危険がないと確認できたら、明日以降は単独行動に移行する。いかがでしょう」
「いいね。それでいこう」
即答すると、アランは軽く一礼する。
「では、早速。夕食前には戻ります」
三人はそのまま踵を返し、広場を抜けて里の中心へ向かって歩き出す。
ケイシーは途中で一度だけこちらを振り返り、小さく手を振ってから、すぐに前を向く。
足音が土に吸われて、やがて森の音に紛れていく。
残されたのは俺とダニエルだけだ。
「じゃ、俺は訓練だな」
言うが早いか、ダニエルは腰の剣を抜く。
広場の端へ移動し、そのまま間を置かずに振り始める。肩から腕、手首までが一連で動いて、軌道に無駄がない。
ブン、と空気を裂く音が鳴る。間を置かず、また一振り。一定のリズムがすぐに出来上がる。
俺はその様子を少し眺めてから、サンクチュアリにごろんと寝転ぶ。
視界が一気に開けて、広々とした空にすっと心が吸い込まれるようだ。
「なあ、サリー」
「おやおやぁ? 一人になったとたん、寂しくなっちゃったんですかぁ、この坊やは」
「暇つぶしだよ。言わせんな」
雲がゆっくり流れていくのを追いながら、言葉を継ぐ。
「調査のことだけど、どう思う?」
「海底に沈んだお宝を探すようなもんじゃん? あるのか~、ないのか~。徒労に終わるのか~、一攫千金か~。不安なのはわかるよ。でもやるしかないっしょ。それがトレジャーハンターなのだからっ!」
思わず小さく笑いが漏れる。
「ハイリスクローリターンなんて、俺の好みじゃないんだけどな」
「出ました効率厨! やめやめ~、そんなのつまんないじゃん。人生は娯楽だよ。切り替えていけマスター。ここへは仕事を忘れて観光に来た。“そうだ京都へ行こう”のノリだよ」
観光か……。
確かに、この世界にきて心安らぐ旅なんてしていなかった。
この里へ来たのも、結局は流された結果でしかない。
なら、帰るタイミングは俺が決めてもいいんじゃないか。
もしこの里の居心地が良いのなら、何かしらの理由を付けて長期滞在するもの悪くない。
そういえば、ケイシーが切り株に腰をおろしていた時、心なしか浮かれているように見えた。
……いや。ダメだ。
この感覚に覚えがある。足首を鎖で繋がれたような、前に進めなくなる感じ。
そうだ、五月病にかかった新入社員時代。
そう、新しい環境に馴染めず、会社に行くのが嫌になったあの時と同じだ。
なぜ今?
……そうか。
王城の、あの人工的に作られた美しい庭園は、俺にとって心安らぐ場所じゃなかったんだ。
だから無意識に帰りたくないって思ったのかもしれない。
――ダメだな、弱気になっている。
妙に元気な声で、
「ビバ・エンジョイ!」とサリーが叫ぶ。
その声が、沈みかけた気持ちにリセットをかける。ふっと肩から力が抜ける。
「AIが人生語るな。
でも、まあ、そうだな……。
調査に期限があるわけじゃない。だったら、少しくらい、のんびりしてもいいか」
するとサリーが、急にトーンを落とす。
「こうして男は堕落の道へ一歩踏み出したのであった」
一拍置いて、
「ジ・エンド。次回作にご期待ください」
「勝手に終わらすな!」
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