第65話 子どもたちの広場
サッシャの離れに荷物を置いたあと、そのまま里の奥へ案内される。
木々の合間を抜けると、視界がふっと開ける。森にぽっかり空いた円形の空地で、地面は踏み固められていて均一だ。
「ユウナギさんはここを使うといいさ」
サッシャが穏やかな目で広場を見渡す。
その視線の先を追うと、地面のあちこちにぽつぽつと物が置かれているのが見える。
不規則に置かれた丸太の輪切りが目に入る。腰掛けにも踏み台にもなりそうだ。
転がっている木の棒は、手に馴染みそうな太さ。
小石で囲った円や、近くには縄も落ちている。
長さといい質感といい、遊び道具だな、これ。
「もしかすると、ここは子どもたちの遊び場じゃないですか?」
「おやまあ、案外と目ざといんだねぇ。その通りさ」
「子どもたちに悪いですよ。ほかの場所はないですか?」
サッシャはわずかに頬を緩める。
「あんた優しい人なんだねぇ。
気にせずとも大丈夫だよ。子どもたちにはここで遊ぶなとは言ってないから。
まぁ、そちらがうるさくて我慢できないって言うのなら、別の場所を教えるさぁね」
さらっとした、その言い方が、昔の記憶を刺激する。
――ああ、管理人の婆さんだ。
壁の薄いアパート。隣の生活音が筒抜けで、契約のときに言われた言葉。
「文句を言うな、その代わりあっちにも言わせない」
乱暴な理屈だったが、妙に納得した記憶がある。
文句を飲み込む代わりに、向こうにも飲み込ませる。たぶん、そういう距離感なんだろう。
「子どもたちが、普段から騒いでいる場所なのは理解しました。なら、私たちも少々うるさくしても構いませんね」
そう言うと、サッシャの目がわずかに細まる。試すような色が一瞬だけ混じって、すぐに消えたように見える。
「言うじゃないか異世界人。それでいいさね」
にこりと笑う。その笑顔は柔らかいのに、どこか底が読めない。
ケイシーは丸太の輪切りに腰掛けて、足をぱたぱたと揺らしている。靴の先が規則もなく上下して、そのたびに小さく影が跳ねる。
王都にいたときより、少しだけ軽い。表情も、動きも。気のせいかもしれないが、肩の力が抜けているように見える。
人と建物の密度が濃い場所より、こういう抜けた空間のほうが性に合うのかもしれない。
そのとき、森の奥から人影がいくつか現れる。
里民たちが、手分けして大きな木のテーブルと椅子を運んできているところだ。
「これは?」と、アランがサッシャに視線を向ける。
「ユウナギさんと話をするのに、皆さんが立ったままじゃ不便でしょ」
運ばれてきたテーブルは、そのまま広場の中央に据えられる。
どん、と軽く土を鳴らして置かれ、周囲に椅子が等間隔に並べられていく。
木肌には細かな傷が走っている。使い込まれているが、手入れは行き届いているようだ。
どこか別の場所で使われていたものを、ここに持ってきた。そんな気配がある。
作業を終えた里民たちは、こちらに軽く会釈するだけで、すぐに戻っていく。誰も話しかけてこないし、様子をうかがうこともない。だが気遣いだけは十分すぎるほど伝わってくる。
「サッシャさん、ありがとうございます」
「いいんだよ。なにもない里だ。このくらいしか歓迎の気持ちはあらわせないんだから」
俺は広場を見渡す。
森に囲まれた静かな空間。その中央に、ぽつんと置かれた簡素なテーブルと椅子。
気づけば、肩の力が抜けている。
ずっと背中に貼り付いていた視線が、いつの間にか消えている。王都では、領主邸では、町を移動するだけでも、誰かの目がこちらを測っていた気がするのに。
ここには、それがない。
木々が揺れる音だけが遠くで鳴っていて、沈黙がちゃんと沈黙のまま置かれている。
ふと、思ってしまう。
もし、この場所で暮らしたら――
その瞬間、自分で自分に驚く。
俺はずっと、“出ていく方法”ばかり考えていたはずだ。なのに今は、“残る未来”を想像している。
まるで、ようやく檻の外側に置かれた鳥みたいに。
まだ飛べもしないくせに、風のない場所を手放したくなくなっている。
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