第64話 里長への挨拶
エルフの里に視線を泳がせると、
「想像してたのと違うなあ……」と、無意識に言葉が漏れる。
ジェイミーが肩越しに振り返る。あの目だ。面白そうな話を嗅ぎつけたときのやつ。
「どんな想像してたのかしら」
「見張り台の上に、弓を持った兵士がいたりとか。
里の中心にそびえる、樹齢数千年の聖なる大樹とか。
大木の上に家が建っているとか。
枝を結ぶ吊り橋とか」
象徴になりそうな大木は見当たらない。それに、白い壁の家が、普通に地面に並んでいる。ありふれた田舎町といったところか。
「なにそれ? 異世界に住む耳長族は、そんな場所に住んでるの?」と、目を輝かせたまま身を乗り出してくる。
「気にしないでくれ、妄想だ」
「ごまかしたわね。まあいいわ、また聞かせてちょうだい」
残念そうに息を吐く。そして、すぐに馬車のほうへ向き直り、荷物を下ろし始める。
しつこくないのが彼女の良さだな。
「どうしたんですか?」と、ケイシーが少し首を傾げる。
「エルフの里に抱いていた心象が、現実と食い違っていて残念というか。ケイシーみたいに容姿端麗な人が多いんだろうなって思っていたんだよ」
ちらほら見える人たちには、耳が尖っているという共通点はある。でも、それだけだ。モデルみたいな美男美女ばかり並んでいるわけでもない。
「私が、ですか? そんなことないですよ」
そう言いながら頬を染めペチペチと結界を叩いてくる。照れ隠しかな。
「あと、貧乳が多いと聞いていたんだが――」
「こっち、振り向いたら怒りますからね」と、間髪入れずに返ってくる。
「はい」
――触らぬ神に何とやら、だ。
老婆がこちらへ歩いてくるのが見える。背はわずかに曲がっているのに、足取りは安定している。白髪の隙間から、長い耳が外に伸びているのが目に入る。純血だからなのか、ケイシーよりも耳が長い。
「初めまして。わたくし、宰相府書記官アラン・シーグローブと申します」と、一歩前に出て、無駄のない動きでお辞儀をする。
「あらあら、遠いところからご苦労さまだねぇ。あたしはサッシャだよ。ここの里長をやってる」
サッシャは柔らかく笑う。声は穏やかで、少し間延びした響きがあるのに、不思議と聞き取りやすい。
「突然の訪問にもかかわらず、ご対応いただき感謝いたします」
「いいよいいよ。先触れも来てたしねぇ」
そのまま、こちらの一行をゆっくりと見回す。穏やかだが、どこか測っているようにも見える。
警戒するのは当然だ。鎧を着た騎士が二人。それとサンクチュアリに乗った俺。怪しさが半端ない。
「王国代表として視察に参りました。森に暮らす皆さまの様子を確認するのが目的でございます」
「ふぅん」と、サッシャは小さく頷き、
「視察ねぇ。こんな森深き里まで、わざわざ大変だろうに。まあ、来てくれたのは嬉しいよ。王国の人が顔を出すことなんて、そうそうないからねぇ」
言葉は歓迎寄りだ。少なくとも、露骨な警戒は感じない。本当にそうかは別として。その視線が、すっとこちらに移る。
間を置かず、アランが言葉を差し込む。
「そして、こちらが異世界人のユウナギ殿でございます」
「だろうね」
驚くとか、疑うとか、何かしらの“リアクション”があるかと思っていたが、拍子抜けするくらい落ち着いている。
「初めまして。夕凪と申します」
サッシャはしばらく俺を見ている。時間にして数秒のはずなのに、やけに長く感じるのは、視線が逸れないせいだ。
やがて、小さく息を吐く。
「……まあ、いいさね」
――いや、よくないだろ。
明らかに何か言いかけて飲み込んだ。気にするなと言われても無理がある。
「サッシャ殿、お願いがございます」と、アランが口を開く。
「なんだい?」
「ユウナギ殿のことは、里の方々には穏やかに伝えていただけないでしょうか。突然のことで驚かれると、不要な騒ぎになりかねません」
道の先や家の影から、ちらりとこちらを見る人影がいくつかある。露骨ではないが、完全に無関心というわけでもない。
サッシャは軽く周囲を見やり、それから、
「ああ、そういうことかい」と小さく頷く。
「心配しなくても大丈夫さ。あたしから話を通しておくよ。里の連中が腰を抜かすのも面倒だからねぇ」
「助かります」
アランが深く頭を下げる。
その動作を横目に見ながら、サッシャがこちらへ視線を戻す。
「それにしても、王都ってのは、ずいぶん面白い客を寄越すもんだねぇ」
――俺を見ながら言うな。
「サッシャ殿、宿屋はどちらでしょう、教えていただけますか」
アランが間を切るように話題を変える。
サッシャは一瞬きょとんとして、それからクスリと笑う。
「この里には滅多に人が来ないからねぇ、宿屋なんてものはないんだよ」
「そうですか。では、馬車で寝泊まりするほかないですね」
「安心おし。あたしの家の離れを使うといいさね」
「それはありがたい」
「ついといで」
サッシャが踵を返す。
ゆっくりとした歩調に合わせて俺たちもその後に続く。
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