第63話 エルフの里、到着
前を行く馬車が、がたんと揺れるたびに、わずかに速度が落ちる。
その変化を目で拾いながら、俺はサンクチュアリをじわりと減速させる。
「……これ、地味に神経使うな」
「手動追従モード、おつ~」
背後のヘッドボードからサリーの陽気な声が俺をつつく。
「ブレーキランプって偉大だったんだな……」
「文明に感謝しててウケるんだけど~」
「いやマジで。あれが光るだけで、『あ、減速するな』って即わかるだろ。情報設計として完成されてる」
「急にそれっぽいこと言うじゃん」
「実際そうだろ。視認性よし、意味は単純、誤解も少ない。完璧だ」
前の馬車が、またわずかに詰まる。
反射的に速度を落とすが、距離がじりっと縮むのが見えて、内心で舌打ちする。
「そんなに絶賛するならさ、マスターがこの世界にブレーキランプを広めたらいいじゃん」
「未来の歴史を捻じ曲げる気はない」
「どゆこと?」
「この世界に、ジョセフ・スワンやトーマス・エジソンがいたとして、俺が白熱電球を発表したら、その二人はどうなる」
「他の発明でバズるっしょ」
「……いや。人生で脚光を浴びるタイミングは限られていると思う。その輝きを掴み取るかどうかで、未来は決まるんじゃないかな」
「サリーを手に入れた瞬間を、そんな風に思っていたなんて、胸が熱くなるよ。サリーに胸はないけど」
「そうだな。確かにサリーは輝きだ」
「ちょっ、照れるじゃん!」
その言葉に嘘はない。サリーがいなければ心を病んでいたに違いない。こうして、バカ話をしているだけで、頭のどこかが勝手にほぐれていく。……たまにイラっとするけど。
「それにさ、他人の研究結果を、さも自分の手柄のように発表したとする。たぶん俺は自責の念で潰れると思う。そんなに神経が太いほうじゃないからさ」
「たしかに。マスターはナイーブなとこあるしね~」
「だから異世界の知識は必要最小限。影響が出ない程度に抑えていく方針だ」
「おけまる」
宿場町をいくつか抜け、街道を外れたあたりから、景色は一気に変わる。道幅は狭まり、木々が迫るように立ち並びはじめる。
地面には落ち葉が積もり、ときおり露出した根が道を横切る。馬車がそれを越えるたびに揺れているが、サンクチュアリはその上を滑るように進む。
木々の密度が緩み、さっきまで頭上を覆っていた枝の層に隙間ができる。森が終わるというより、誰かが意図的に間引いたみたいな、不自然な“余白”だ。
次の瞬間、馬車が止まるので、それに合わせて俺も止まる。
どうやら目的地らしい。
馬車の扉が開く音がして、ゴリラ顔がぬっと出る。ダニエルは一瞬だけ周囲を警戒し、それから馬車を下りる。
そのすぐ後をジェイミーが続く。最後にアランが慎重に足場を確かめながら降りてきて、衣服の乱れをさりげなく整える。
サンクチュアリの二階から物音がする。目線を上に向けると、二階の縁から黒い影がふっと揺れる。次の瞬間、革靴のつま先が空間を探るように現れる。磨かれた革が陽光を受けて鈍く光る。
続いて、細い足首がスカートの影からそっと降りてくる。木の梯子の一段目を探るように、慎重に、しかし迷いのない動きで。コツ、と小さく音がして、靴底が梯子を踏む。
コツ、コツと音が鳴るたびに、まるで絵が下から描き足されていくみたいに姿が完成されていく。
あと数段で地面というところで、ようやくケイシーの顔が視界に入る。無表情に近い顔。けれど、視線が交わると、ほんのわずかに目が細まり、口元がやわらかく持ち上がる。作り物ではない、気取ったものでもない。ただ“俺を見つけた”というだけの自然な笑みだ。
同行者たちは、それぞれが周囲を観察するかのように視線を泳がせている。
俺もつられて視線を泳がせる。
「想像してたのと違うなあ……」
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