表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
62/73

第62話 王国を壊す情報

「――その報告、今の形のまま宰相に上げれば、王国は確実に混乱する」


 俺の発言に、場の空気がわずかに止まる。

 アランの眉がほんの少し動いた。


「え?」

「魔術適性者が減っている理由が“血統”にある。この情報が公になった場合、人々がどう動くか想像できるか?」

「……いいえ。特に問題はないと思われますが」


 ここでは種族が日常に溶けすぎている。だからこそ、逆に想像が飛ばないのか……。


「王族は“王家に魔術を取り戻すため”という名目で、エルフの血を持つ家系とだけ婚姻するよう圧力を受ける。

 さらに、貴族も同じことを始める。

 自領で血筋を調べ始め、『エルフの血が薄い者は価値がない』と言い出す。

 血を持つ者は“人”ではなく“資源”になる。

 その結果どうなるか。

 エルフ狩りが始まる」


 言い切った瞬間、静寂が落ちる。

 横で、かすかな息を呑む音。視線を向けなくてもわかる。

 ケイシーも――


「エルフの血を引く者が誘拐され、囲われ、子を産まされる。

 魔術のため、家畜のように扱われるだろう。

 さらに、宗教が絡む。

 確かヒドルストン教だったかな。

 異種族との交配を禁忌とする教派があると聞いた。

 もし『魔術はエルフの血による』と広まれば、彼らは何をするだろう。

 おそらくエルフ族を排除する運動を始める」


 ゆっくりと、アランを見据える。逃がさないように。

 彼の表情は崩れていない。だが、視線は泳いでいる。


「事実を報告すれば済む話ではない。

 扱いを間違えれば王国の人間関係そのものが壊れる。

 お願いだ。

 この情報は俺に預けてほしい。

 原因として確定しているのか、ただの相関なのか。

 もし間違っていれば、無関係の人の人生を狂わせることになる」


 アランの額を、細い汗が一本だけ伝っていく。

 視線がわずかに揺れ、何か言いかけた口が、そのまま閉じきれずに止まる。


「わ、わたくしでは……抱えきれない問題です……」


 絞り出すような声だ。だが、ここで引かせるわけにはいかない。


「抱えるんだ。できないなら、目と耳を閉じ、石にでもなってろ」


 低く押し込むように言うと、アランの眉がぴくりと跳ねる。さっきまでの揺れが、別の色に変わるのが見える。

 動揺が、怒りに変わる。


「酷いことをおっしゃいますね。わたくしは宰相府書記官。報告するのが任務です」


 声に芯が戻る。立場にしがみつくことで、体勢を立て直した感じだ。


「鳥籠の中に捕らわれている俺は、アランの口を押さえることすらできない。

 囀るしか能のない、薄汚れた駝鳥(ダチョウ)に惑わされて、この国を滅ぼすのは」

 一拍置く。

「アランだぞ」


 言い切ると、空気がぴんと張る。

 睨み合いになる、と思ったが、違った。

 アランの顔から、ふっと何かが抜ける。厚い雲が流れていくみたいに、表情が静まる。

 ゆっくりと手を上げ、眼鏡の位置を押し上げる仕草が、やけに整って見える。


「……異世界、人。……そうか、そうでしたね。

 ユウナギ殿は、この国が――いえ、この世界がどうなろうと構わないお立場でしたね」


 一瞬、言葉が詰まる。


「それは――」、違う、と言いかけたところで、

「ですよねっ!」と、被せるように声が上がる。

「はい、そうですね」としか返せない。

「あやうく騙されるところでした。不確かな情報を宰相閣下に報告するなど、わたくしには許されざる罪です」


 なるほど。ずるい男だ。

 いや、賢いと言うべきか。

 “報告義務を放棄した”わけではない。

 “情報が不確かだから報告できない”という形を作ったのだ。

 命令違反ではない、というポーズ。

 ならばあえて乗ろう、彼が作った、この流れに。


「そうそう。不確かなままじゃダメだよ」


 軽く頷きながら合わせると、アランもすぐに乗ってくる。


「ええ、その通りです」


 さっきまでの張りついた硬さが嘘みたいに消えている。空気が緩む。無理に押さえつけていたものが、ようやくほどけた感じだ。


「俺たちには何のことだか、さっぱりわからない、そうだよな、ジェイミー」

「ええ。武官の私たちには、難しくて理解できないわ」


 二人が間を置かずに言葉を重ねる。息が合いすぎていて、逆に笑いそうになる。


「二人とも、ありがとう」


 小さく言うと、ジェイミーがわずかに肩をすくめる。気にするな、という仕草だろう。


「では調査を継続いたしましょう。これからどうするおつもりか、伺ってもよろしいでしょうか」


 アランがすぐに切り替える。さっきまでのやり取りを引きずる様子は一切ない。

 俺は小さく息を吸い、一度、全員に視線を回す。


「鍵を握るのはエルフだと思う。まずは、エルフの純血種が住んでいる土地を調べるべきじゃないかな」

耳長(エルフ)族の里……ですか……」


 アランが低く呟く。顎に手を当て、視線がわずかに落ちる。そのまま数拍考え込み、すぐに顔を上げる。


「そうですね。因果関係を調べるなら、外せないでしょう。

 では“耳長(エルフ)族の調査”ではなく“関係の深そうな土地の調査”という名目で、調査団を派遣できないか宰相閣下に相談してみます。もちろん、なるべく少人数が好ましいともお伝えします」


 言葉の選び方が的確すぎる。露骨な目的は隠しつつ、必要な行動は通す。こういう調整をさらっとやるあたり、本物だ。


「話が早くて助かるよ」


 口元が緩むのを感じる。こっちが言う前に、最適解を整えてくれるのは本当に楽だ。

 有能な官僚というのは、こういう男のことを言うのだろう。




 現地調査。なんともワクワクする単語じゃないか。

 エルフの里。

 美人の里。

 貧乳の里。

 いったい、どんな場所なんだろう――


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ