第62話 王国を壊す情報
「――その報告、今の形のまま宰相に上げれば、王国は確実に混乱する」
俺の発言に、場の空気がわずかに止まる。
アランの眉がほんの少し動いた。
「え?」
「魔術適性者が減っている理由が“血統”にある。この情報が公になった場合、人々がどう動くか想像できるか?」
「……いいえ。特に問題はないと思われますが」
ここでは種族が日常に溶けすぎている。だからこそ、逆に想像が飛ばないのか……。
「王族は“王家に魔術を取り戻すため”という名目で、エルフの血を持つ家系とだけ婚姻するよう圧力を受ける。
さらに、貴族も同じことを始める。
自領で血筋を調べ始め、『エルフの血が薄い者は価値がない』と言い出す。
血を持つ者は“人”ではなく“資源”になる。
その結果どうなるか。
エルフ狩りが始まる」
言い切った瞬間、静寂が落ちる。
横で、かすかな息を呑む音。視線を向けなくてもわかる。
ケイシーも――
「エルフの血を引く者が誘拐され、囲われ、子を産まされる。
魔術のため、家畜のように扱われるだろう。
さらに、宗教が絡む。
確かヒドルストン教だったかな。
異種族との交配を禁忌とする教派があると聞いた。
もし『魔術はエルフの血による』と広まれば、彼らは何をするだろう。
おそらくエルフ族を排除する運動を始める」
ゆっくりと、アランを見据える。逃がさないように。
彼の表情は崩れていない。だが、視線は泳いでいる。
「事実を報告すれば済む話ではない。
扱いを間違えれば王国の人間関係そのものが壊れる。
お願いだ。
この情報は俺に預けてほしい。
原因として確定しているのか、ただの相関なのか。
もし間違っていれば、無関係の人の人生を狂わせることになる」
アランの額を、細い汗が一本だけ伝っていく。
視線がわずかに揺れ、何か言いかけた口が、そのまま閉じきれずに止まる。
「わ、わたくしでは……抱えきれない問題です……」
絞り出すような声だ。だが、ここで引かせるわけにはいかない。
「抱えるんだ。できないなら、目と耳を閉じ、石にでもなってろ」
低く押し込むように言うと、アランの眉がぴくりと跳ねる。さっきまでの揺れが、別の色に変わるのが見える。
動揺が、怒りに変わる。
「酷いことをおっしゃいますね。わたくしは宰相府書記官。報告するのが任務です」
声に芯が戻る。立場にしがみつくことで、体勢を立て直した感じだ。
「鳥籠の中に捕らわれている俺は、アランの口を押さえることすらできない。
囀るしか能のない、薄汚れた駝鳥に惑わされて、この国を滅ぼすのは」
一拍置く。
「アランだぞ」
言い切ると、空気がぴんと張る。
睨み合いになる、と思ったが、違った。
アランの顔から、ふっと何かが抜ける。厚い雲が流れていくみたいに、表情が静まる。
ゆっくりと手を上げ、眼鏡の位置を押し上げる仕草が、やけに整って見える。
「……異世界、人。……そうか、そうでしたね。
ユウナギ殿は、この国が――いえ、この世界がどうなろうと構わないお立場でしたね」
一瞬、言葉が詰まる。
「それは――」、違う、と言いかけたところで、
「ですよねっ!」と、被せるように声が上がる。
「はい、そうですね」としか返せない。
「あやうく騙されるところでした。不確かな情報を宰相閣下に報告するなど、わたくしには許されざる罪です」
なるほど。ずるい男だ。
いや、賢いと言うべきか。
“報告義務を放棄した”わけではない。
“情報が不確かだから報告できない”という形を作ったのだ。
命令違反ではない、というポーズ。
ならばあえて乗ろう、彼が作った、この流れに。
「そうそう。不確かなままじゃダメだよ」
軽く頷きながら合わせると、アランもすぐに乗ってくる。
「ええ、その通りです」
さっきまでの張りついた硬さが嘘みたいに消えている。空気が緩む。無理に押さえつけていたものが、ようやくほどけた感じだ。
「俺たちには何のことだか、さっぱりわからない、そうだよな、ジェイミー」
「ええ。武官の私たちには、難しくて理解できないわ」
二人が間を置かずに言葉を重ねる。息が合いすぎていて、逆に笑いそうになる。
「二人とも、ありがとう」
小さく言うと、ジェイミーがわずかに肩をすくめる。気にするな、という仕草だろう。
「では調査を継続いたしましょう。これからどうするおつもりか、伺ってもよろしいでしょうか」
アランがすぐに切り替える。さっきまでのやり取りを引きずる様子は一切ない。
俺は小さく息を吸い、一度、全員に視線を回す。
「鍵を握るのはエルフだと思う。まずは、エルフの純血種が住んでいる土地を調べるべきじゃないかな」
「耳長族の里……ですか……」
アランが低く呟く。顎に手を当て、視線がわずかに落ちる。そのまま数拍考え込み、すぐに顔を上げる。
「そうですね。因果関係を調べるなら、外せないでしょう。
では“耳長族の調査”ではなく“関係の深そうな土地の調査”という名目で、調査団を派遣できないか宰相閣下に相談してみます。もちろん、なるべく少人数が好ましいともお伝えします」
言葉の選び方が的確すぎる。露骨な目的は隠しつつ、必要な行動は通す。こういう調整をさらっとやるあたり、本物だ。
「話が早くて助かるよ」
口元が緩むのを感じる。こっちが言う前に、最適解を整えてくれるのは本当に楽だ。
有能な官僚というのは、こういう男のことを言うのだろう。
現地調査。なんともワクワクする単語じゃないか。
エルフの里。
美人の里。
貧乳の里。
いったい、どんな場所なんだろう――
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