第60話 鳥籠の中の仕返し
分析の結果、サリーは情報の偏りが無いと結論を出す。
思わず眉が寄る。
面白くはない結果だ。
「完全ランダムだねー。今ある情報だけじゃ類推は無理ゲー。別の角度から調査したほうがいい感じ」
「戸籍情報に書かれていない、別の角度……か」
視線を落とす。さっきまで積み上がっていた情報の山が、急に意味を失う。
考え込んでいると、背後から声がかかる。
「ユウナギ殿。いかがでしょうか。何かわかりましたか」
アランが腕を組み、微動だにせずこちらを見ている。表情は崩れていないのに、目だけが露骨に疑っている。
「ん~……。
情報が不足している。
見落としている情報……
消えた情報……
隠された情報……
忌避されている情報……
自明すぎて誰も書かない情報……
異世界特有の情報――」
頭の中に引っかかっている違和感を手繰る。形にならないものを無理やり言葉にする感じだ。思いつく端から並べ記憶を刺激する。
「不足なあ……。これ以上あるか?」と、ダニエルが首をかしげる。
「体の大きさとか、体重とか、胸囲とか、あと性交渉の回数とか?」
横からジェイミーが口を挟む。
さらっととんでもないことを言いやがる。けど集めてないのは事実だ。
しかも、自分の胸をトントン叩く。そこはサイズというより厚みだろ。筋肉的な意味で。
「そんなの聞いて回ったら殺されるっての」
ダニエルが顔を赤くする。視線が泳いでいるあたり、変な想像でもしたな、こいつ。
だが、その瞬間、俺の中でピンと小さな音が鳴ったような感覚。
「……いや、冗談じゃなく、いい線いってるかもしれない」
「は?」
「もし魔術適性者が自然に減っているのなら、理由は生活の中にあるはずだ。
昔は普通だったのに、今では行われなくなった習慣。
忘れ去られた行動。
風習や伝統。
誰も意識しなくなった生活様式」
戸籍には載らない。だが、確実に人に影響するもの。
「それが関係してるかもしれないって?」
「可能性はある」
そのとき、不意にケイシーが、
「あっ、そう言えば」と、何かを思い出した顔で、
「ユウナギさん、領主様のお屋敷で、耳長族や胴短族がいるのかって聞きましたよね」
「種族の情報が抜けていたか。ありがとうケイシー」
「いいえ、お役に立てて嬉しいです」と、ぱっと顔がほころぶ。
「身長、体重、胸囲、性交渉の回数、風習、種族。これらの情報を集めてくれ」
「お、俺は、せ、性交渉の回数なんて聞かねえからな!」
ダニエルが露骨に顔を赤くする。耳まで染まっていて、見ていてわかりやすい。
デカい図体のわりにウブだ。
その背中を、ジェイミーがぽん、と軽く叩く。
「はいはい、それはあたしが聞いてあげるから」
二人は顔を見合わせることもなく、そのまま歩き出す。これから戦場に出る兵士、そんな雰囲気だ。
「わたくしも手伝ってまいります」
アランが一礼し、間を置かずに後を追う。表情は変わらないが、どこか納得していない色を残したまま。
三人の背中が庭園の奥へ消えていく。
「あの男なら、平然と聞き出しそうだな」
「ユウナギさん、私の情報も知りたいですか?」
不意に横から声が落ちてくる。
視線を向けると、ケイシーがこちらを覗き込んでいる。いつもの柔らかい笑みじゃない。ほんの少しだけ目が細くて、どこか試すような光を帯びている。
子供らしくない妖艶さに、心臓が一拍、変に跳ねる。
「い、異世界にはな……個人情報保護法というのがあってぇ。個人情報というのは価値があってだなぁ、簡単に人に教えるものじゃないんだよぉ」
自分でもわかるくらい、声が上ずる。
「私は知られてもかまいませんよ?」
にこり、と笑う。明らかに、わかってて言っている顔だ。
顔が熱くて視線を合わせていられない。逃げるように石畳へ落とす。無機質な灰色がやけに落ち着く。
「むしろ知ってほしいです。何が聞きたいですか?」
“何が”――その一言が、俺の顎を掴んで顔の向きを変えさせる。
逃げたはずの視線が、引き寄せられるみたいに彼女の足元へ戻り、そのまま輪郭をなぞるように上へ。
そして、足、腰、胸元へ届きそうになった、その瞬間――
「そ・こ・は、秘密ですっ」
――うわあぁぁぁぁぁぁっ! 視線を読まれたっ!!
喉がひゅっと縮む。
反射的に顔をそらす。
顔が熱い。
耳まで焼けてる気がする。
たぶん今の俺、茹でダコみたいな顔をしている。
俺は石畳を睨む。
頼むから、割れてくれ。今すぐ埋まる。
くす、と小さな笑いが落ちる。完全に手のひらの上だ。
「お、大人をからかうものじゃない」
「照れてるユウナギさんを見るの、楽しくて。つい」
ケイシーはぺろりと舌を出す。その無邪気さが余計にたちが悪い。計算なのか天然なのか、判断がつかないのが一番困る。
「勘弁してくれ、恥ずかしくても、この鳥籠から逃げられないんだ」
「じゃあ後ろを向いてますね」
くすっと笑って、ケイシーがくるりと背を向ける。
結界にもたれかかり、背中を預けるように立つ。
ほんの腕一本分の距離。
手を伸ばせば届きそうなのに、実際には一切触れられない。
彼女の体温を感じることも、肌の柔らかさを確かめることも、香りを嗅ぐことも、叶わぬ願い。
――ああ、もどかしい……。
視線を落とすと、実験で使った木剣が、マットレスの上に転がっているのに気づく。
俺はそれを拾い上げる。
目の前には無防備な背中――。
剣の柄を、そっと彼女の背へ近づけ、首筋から、ゆっくりと下へ、つい~っと線をなぞる。
「ひやぁぁぁぁぁっ!!」
ケイシーがびくっと跳ねる。肩がすくみ、背中がわずかに反る。
その反応があまりにも素直で、思わず吹き出す。
「はっはっは。さっきの仕返しだ」
「もぅ、もう、もうっ!」
くるりと振り返り、頬をぷくっと膨らませる。怒っている仕草のはずなのに、目の奥は笑っている。
やりすぎたかと思ったが、どうやらセーフらしい。
むしろ、少しだけ距離が縮まった気がする。
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