第59話 人間離れした記憶力
「重そうですね」と、隣のケイシーが呟く。
確かに、紙の束を抱えるダニエルたちの腕が伸びている。
「ユウナギ殿、戸籍の作成が終わったぞ」
テーブルの上に、どさりと紙束が置かれると、乾いた音がやけに重く響く。
ダニエルは誇らしげに胸を張り、その分厚い束を軽く叩く。束ねられた羊皮紙の端が、わずかに反り返っていて、指でめくればざらつきそうな質感が見て取れる。
「魔術適性のある騎士団員が三千人。適性なしも同じだけ集めてある」
「助かるよ。俺から報酬は出せないけど、代わりに騎士団総長に労ってもらってくれ」
「やめてくれ。畏れ多くて口なんて聞けないぞ」
ダニエルは肩をすくめて笑うが、その目はどこか本気で嫌がっている。前から感じていたが、ダニエルは肩書に弱いのかもしれない。
その空気を切るように、アランが眼鏡の位置を指で押し上げる。
「ユウナギ殿。今後どのように進めるおつもりか、伺ってもよろしいでしょうか」
声は丁寧だが視線が冷たい。値踏みされている感じが露骨すぎて、むしろ清々しい。
「まずは、それを全部読んでくれ」
「……は?」と、わずかに眉が動く。
「俺はこちらの文字が読めない。だから読んでもらうしかないんだ」
「読み聞かせる理由は理解しました。しかし、合計六千人分の情報です。覚えきれるのでしょうか?」
疑いを隠す気のない鋭い視線を向けてくるが、仕方のないことだ。
氏名、年齢、性別、住所、出身地など。集めた項目も多く、それが六千人。普通に考えれば、人間の処理量じゃない。
「問題ない」
即答すると、案の定、アランの目が細くなる。疑念が一段深く沈んだのが見て取れる。
俺は手で口元を隠し囁くように、
「サリー、同時に読んでもらってもいけるよな?」
「任せろマスター、余裕だぜ!」
――さすがAI、大量の情報処理はお手のものだ。
「ケイシーも手伝って。四人同時に読めば時間はかなり短縮できる」
「ユウナギさん凄いですっ!」
ぱっと花が開くみたいに顔が明るくなる。まっすぐな視線が刺さって、少しだけ居心地が悪い。
「えっ?」と、ジェイミー。
「なんだと?」と、ダニエル。
「冗談はよしてください」と、アラン。
三人が同時に反応する。
サリーの説明をする気はない。ここはごり押しだ。
「そんなに驚かなくていいから、早く読んでくれ」
ケイシーだけが俺を信じ、迷いなく束の上から一枚を持ちあげる。
三人は、まだ疑いを残したまま、すこし遅れてから紙を手に取る。
テーブルを囲むように、ダニエルたちは立ったままだ。
椅子はひとつしかなく、そこへ座ったケイシーが姿勢を正して読み上げを始める。
ダニエルたちも続く。
すると、淡々とした情報が四方向から流れ込んでくる。
声質も速さも違うせいで、普通なら混線して終わりだ。しかし、聞いているのはサリーであって俺ではない。
俺はそれっぽく頷いたり、目線を動かしたりして“聞いているふり”を維持する。これが地味に面倒だ。相槌のタイミングを外すとバレる。
ふと、視線がケイシーに流れる。
少しつっかえながら、それでも丁寧に読み上げている。指で行をなぞり、遅れないように必死についていく姿が目につく。
その横顔を見ていると、不意に記憶が浮かぶ。
中学の教室。
午後の気だるい空気。
ページをめくる音。
好きだった女子が教科書を読む姿を、こっそり横目で見ていた。
――あの頃は甘酸っぱかったな。
もしクラスにケイシーみたいな子がいたら、きっと学園生活は楽しかったに違いない。
告白する勇気も出せず、片思いのまま終わるだろうけど。
「おい! ユウナギ殿!」と、怒鳴り声が庭園に響く。
一瞬で現実に引き戻される。
視界に残っていた教室が消えて、初恋の彼女の顔が、暑苦しいゴリラ顔に上書きされる。
「さっきから呆けてるが、ちゃんと聞いてんのか?」
「大丈夫、大丈夫。まかせとけって」
「ほんとかよ……」
ダニエルが心底不安そうに息を吐く。
その横でジェイミーがちらっとこっちを見て、何かを測るように目を細める。
アランは言うまでもなく、疑念が深まった顔のままだ。
途中で何度か手を止め、休憩を挟む。ケイシーがいれたお茶に舌鼓を打つ。
ジェイミーが肩を回し、ダニエルが首を鳴らし、アランが無言で眼鏡を押し上げる。
そして、また何事もなかったように読み上げに戻る。
そんな流れを何度か繰り返しながら、時間だけがじわじわ削れていく。
「――と、これで終わりだ」
最後の一枚を読み終えたダニエルが大きく息を吐く。首をぐるりと回すと、ごきり、と鈍い音が鳴る。
――脳筋たちにやらせる仕事じゃないなコレ。
「なあ、ユウナギ殿。これだけの情報、全部覚えたってことか?」
「試してみるか? 適当に選んだやつの名前を言ってくれ」
「おう」
紙束をめくる音がやけに軽い。さっきまであれだけ重そうだったのに、不思議なものだ。
ひとつ、名前が読み上げられると、サリーが即座に答えを返す。
俺はそれを、そのままなぞるだけだ。年齢、所属、魔術適性の有無、ついでに家族構成まで添えて返す。
「……おい、マジか」
ダニエルが、さらに名前を挙げる。そのたびに俺は淀みなく返す。試す回数が増えるほど、彼の声に混じる疑いが薄れていくのがわかる。
「ほ、ホントに覚えてる……信じられん」と、人外を見るような視線だ。
「言った通りだろ」
軽く肩をすくめてみせるが、内心はだいぶ楽だ。これで“ハッタリ”は通る。
コホンと咳払いをひとつ。
「少し集中して分析するから」
そう言って、わざと皆に背を向ける。視線を切るだけで、それっぽく見えるから便利だ。 考え込んでいる風を装いながら、声を落とす。
「サリー、分析を頼む。情報の中に偏りがあるはずだ」
「ガチ任せて」
いつもの調子。緊張感ゼロ。
「むむむむむ……」
たぶん処理は瞬時に終えたはず。この間はサリーの演出っぽいな。
チーン♪ と軽い効果音が鳴る。
「答~え~はぁ~、ありま、せ~ん!」
「ない、だとっ?」
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