第6話 空飛ぶベッド
俺のベッド――いや、サンクチュアリに移動機能がついた。
足を動かしていないのに、スッと音もなく前へ滑る。
「マスター、サンクチュアリの乗り心地はどう?」
「車よりかは快適だ。路面を掴む振動やエンジン音もない。ただ、あまりにもヌルヌル進むから気持ち悪いな」
「車に例えるなし。せめて魔法のじゅーたんって言っときな~」
言い得て妙だ。
隣を歩くリンダの話では、サンクチュアリはわずかに宙に浮いているらしい。
ワイドキングサイズ(二メートル四方)のベッドが、森に突っ込むのは無謀だと踏んでいた。
枝に引っかかって立ち往生を想定していたが、外れた。
避けるのは、こっちじゃない。木のほうだ。
進路上にサンクチュアリが差し込まれる瞬間、空間がぐにゃりと歪む。
加工をやりすぎた画像みたいに背景が引き延ばされて、幹がしなり、枝が逃げるようにずれていく。
「なんだか、凄いですね……」と、リンダが目を丸くしながら呟く。
「見てると酔いそうになるな」
そして通り過ぎた途端、何事もなかったかのように全部が元通りに戻る。
モーゼが海を割るなら、サンクチュアリは森を曲げる。
そう考えるとクスリと笑ってしまう。
ちらりとリンダに視線を流す。
足取りもしっかりしているし、目にも光が戻っている。
暴漢たちに襲われたショックは癒えているように見える。けれど、俺に心配をかけまいと気丈にふるまっているようにも見える。
今はリンダに頼み、近くの町まで案内してもらっているところだ。
「ユウナギ様は、この地方のご出身ではございませんよね?」
今まで聞かれなかったのが不思議なくらいの質問だ。
隠す意味もないだろう。
「“世界”って概念、わかるかな?」
問い返すと、リンダは少しだけ首を傾げてから、
「マクダウェル教では、人間界と天界、二つの世界が存在すると説いております。そのような理解でよろしいでしょうか」
「俺はたぶん、そのどっちでもない。もう一つの世界、異世界から来たんだと思う」
言い終えた瞬間、リンダの目がぱっと明るくなる。
「まぁ! やはりユウナギ様は神様なのですね」
「いやいや」と、即座に否定して、手を振り、
「異世界にも普通に人はいるし、ここだってそうだろ? だから俺も、ただの人間だよ」
淡々と答えると、リンダは一度だけまばたきをして、それから少し肩を落とす。
「そうですか、少し残念です。ですが、このような立派なベッドをお持ちなのですから、貴族なのでは?」
どこをどう見たらそうなるんだ。
視線を自分の服に落とすが、吊るしのスーツを着ているだけで、金の刺繍も紋章もない。
まさか、この世界の貴族は全員スーツ着用だったりするのか?
いやいやありえないよな……。
「サラリーマンだよ」
「さらりいまん?」
通じない言葉もあるんだ。
仮説として、翻訳はサンクチュアリが行っている。
移動できるくらいだし、翻訳など朝飯前なのだろう。
しかし、苦手な言葉もあるらしい。
ならサンクチュアリに負担をかけないよう、なるべくこの世界でも通用しそうな言葉で話すよう心掛けよう。
「商人だよ。稼ぎのほとんどを、このベッドに使っただけさ」
手のひらでマットレスを軽く叩くと、鈍く弾む感触が返ってくる。
良い感触だ。さすがは俺のサンクチュアリ。この安定感だけは、どこの世界でも裏切らない。
「人って、一日の三分の一くらいは寝てるだろ?」
「マクダウェル教では四分の一ほどです。早寝早起きは美徳とされておりますので」
「なるほど」――修行僧かな。
「じゃあ人生の四分の一は寝てるってことになるよな?
睡眠って大事だろ?
着飾るよりも、高い馬車を買うよりも、ずっと大切だと思わないか?
だから俺は最高級のベッドを買うことにした。
安眠への投資ってやつだ」
熱が入り、少し早口になってしまうが気にしない。
リンダは納得したように何度もうなずく。
「確かに! ユウナギ様のおっしゃる通り、睡眠は大切です。それを支えるベッドは、まさに人生の基盤というわけですね」
「正解! 理解してもらえて嬉しいよ!」
思わず声が弾む。
この理屈が通じる相手、正直かなり貴重だ。
主張を後押しするように、もう一度マットレスをぽんと叩く。
「固すぎず、柔らかすぎない絶妙な弾力のスプリングマット。
合板じゃない、一枚板を使った格調高いフレーム。
しかも――」
ヘッドボードを指さす。
「身長ほどの高さがある多機能ヘッドボードには、無段階で明るさを調整できるLEDライト。
コンセントとUSB電源も完備。
電子レンジ、電気ケトル、小物入れ、ティッシュボックス、ゴミ箱まで置ける。
生活に必要なものが、ぜんぶベッドに集約されてるんだ!」
言い切ってから、少しだけ息を吐く。早口だった自覚はあるが、後悔はない。
だってこれ、車一台分の値段なんだぞ! 自慢したくなるのも当然だろ!
視線を戻すと、リンダはぱちぱちと瞬きをしている。
「分からない言葉もございましたが、とても優れているものだというのは理解できました」
しまった、言葉を選ぶつもりだったのに、興奮しすぎた。
しかし、細部はともかく、本質は伝わっているらしい。
そう思った直後、彼女がわずかに首をかしげる。
「ですが不思議です。神様でもない、貴族でもない、そんなユウナギ様が、どうやって悪漢たちを気絶させられたのでしょうか。魔法をお使いなのですか?」
もっと語りたかったが、話題を変えられてしまう。
「俺のいた世界に、魔法使いはいないよ」
とりあえず事実だけを返しながら、どう説明したものかと頭の中で思案を巡らせる。
「サリーの出番じゃないかな? マスターはサリーの仮説が聞きたいんじゃないかな? そうだね? そうだと言いやがれ」
間髪入れずに割り込んでくるあたり、待ち構えていたのが丸分かりだ。
「聞いてやるよ」
「神様や仏様にお供えしたものってさ、あとでいただくでしょ? あれ“お下がり”って言うんだよ」
「知ってる」
「チッ」
「AIが舌打ちするな」
「サリーに舌はないけど」
「AIネタはいいから続けろ」
「“お下がり”はただの残り物じゃなくて、神仏の力が宿ったありがた~いアイテムなわけ。つまり、マスターの投げた木の実にも、その神パワーが宿ってたってこと!」
「パワーねぇ……」
納得したような、していないような微妙なラインだ。
いや、論理的には飛躍しているんだが、移動するベッドに乗っている俺が、今更疑問に感じるのも論理的じゃない。
「神気と悪意が交錯した瞬間、謎の強い衝撃が暴漢にボッカーン!」
「寒っ」――オヤジギャグか。
横を見ると、リンダが不思議そうにこちらを見ている。
当然だ、俺しか聞こえていない会話にツッコミを入れているんだから。
「ユウナギ様、どうかなさいましたか?」
「いや、見えない相棒が仮説を立ててくれたんだ。リンダは信心深いだろ? だから俺にくれた木の実には、マクダウェル様の力が宿っていたんじゃないかって。その実を投げたから、神罰が下ったって話だ」
我ながら、だいぶそれっぽく整えた気がする。
サリーの説明をそのまま出すより、彼女には馴染むはずだ。
案の定、リンダの表情がぱっと明るくなる。
「なるほど、マクダウェル様のお力でしたら、納得できます」
胸の前で手を重ねて、嬉しそうに微笑んでいるところを見ると、完全に腑に落ちたらしい。
「マスター、バカなの? アホなの? サリーの説明と違うじゃん。訂正プリーズ」
「時に正解を導くよりも、人生には大切なものがあるってことさ」
「うっわ、その態度ちょい鼻につく。サリーに鼻はないけど」
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