第5話 祈りの対価
ふらつく足元。
けれど、手には、しっかりと手斧が握られている。
彼女は倒れている男たちの方へ進む。
視線は揺れていない。
さっきまでとは別人みたいに、ただ一点だけを見据えている。
振り上げられた刃が、わずかに光を反射する。
その目にはもう迷いがない。
さっきまでの震えも、涙も、全部どこかへ置き去りにしてきたような顔だ。
俺は反射的に視線を外す。
見ていられない。
次の瞬間、鈍い音が響く。
間を置かず、もう一度。
やがて、森が静まり返る――
さっきまで耳にこびりついていた鈍い音も、いつの間にか消えていて、残っているのは風が葉を揺らすかすかなざわめきだけだ。
俺は視線を一点に固定したまま、ゆっくり息を吐く。
下を見たら終わりだ、という確信だけが妙に鮮明で、首を動かす気にもならない。
……見たら吐くな、これ。
「ありがとうございます。あなたのおかげで命拾いできました」
感情のない言葉だけが形を保っていて、中身がどこかに置き去りにされているような声だ。
「いや、俺は何もしてないよ」と、振り返らないように意識しながら、横目で様子をうかがう。
彼女が顔を上げる。
頬に斜めに走る返り血の跡が視界に入りかけて、反射的に焦点をずらす。
正当防衛だ。
あの男たちに対して、哀れみなど微塵も浮かばない。
そう整理はできるが、だからといって見慣れるものでもない。
「いいえ、きっとこの出会いはマクダウェル様のお導きです。あなた様に感謝を捧げます」
静かな声でそう言って、彼女はその場に跪く。手を組み、祈りの姿勢に入る。
「こっ、これわぁぁぁっ! マスター、来た来た来たぁ!」
空気をぶち壊す声が、背後から弾ける。
さっきまでの重さを、ためらいなく踏み抜いてくるあたりが、いつも通りだ。
胸の奥がすっと冷える。
「彼女の祈りで、サンクチュアリの階位がアップしたし!」
テレレ、テッテ、テ~♪
ゲームでレベルアップした時のような場違いにもほどがある効果音が鳴り響く。
「え? アップ? 何が?」
「だ~か~ら~サンクチュアリが! ハンギングベッドって知ってる?」
「天井から吊るすベッドのことだろ。欲しかったけど古アパートじゃ無理だった」
「サンクチュアリがハンギングベッドになったのサ」
「どこに吊るすんだよ」
「謎の天井? サリーにはわかんない。まあその点はおいといて。吊った結果、なんと! 移動できるようになりました~」
ドンドンパフパフ♪
祝祭ムード全開の効果音が、さっきまでの陰鬱とした空気を完全に消し飛ばす。
「おめでとぉ~っ」
「マジか――」
とりあえず、森の中に置き去りにされる懸念は解消された。ならば、早々に森から脱出し、リンダを安全な場所まで送り届けるとしよう。
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