第4話 鳥籠の梟
男たちの笑い声が耳に付く。
「これが初犯ってわけでもないしな」
「死体なんて放置しときゃあ獣が勝手に処分してくれる」
「傭兵ギルドにゃあ雇い主とはぐれたって言っときゃあいい」
「女一人が傭兵ギルドに依頼するなんて、そりゃ犯してくれってお願いしてるようなもんさ」
「それによぉ、俺たちだって気持ちよくしてくれるなら、ちゃーんと町まで送り届けるし、依頼だって完璧にこなすさ」
「同感だ。神官が嫌がるから仕方なく乱暴にしてるだけ。俺たちのせいじゃないってーの」
視界の端でリンダの肩が小さく震えているのが、やけにはっきり見える。
「……助けて、ください」
涙で濡れた青い瞳が、まっすぐこちらを見ている。
男たちは、高級品でも扱うみたいに、ゆっくりと彼女の服を剥いでいく。
その動きがやけに丁寧で、余計に気味が悪い。
わざと時間をかけているのが透けて見えて、胃の奥がひっくり返りそうになる。
上着が脱がされ、パサリと地面に落ちた。
薄布越しに大きな胸元が静かに上下し、その呼吸の震えが、妙に鮮明に目に焼き付く。
――俺が鳥籠の中の鳥だとしたら、やれるのは鳴くことだけだ。
「俺が証人だ。絶対におまえたちを訴える」
声が震えているのが分かる。それでも、言わずにはいられない。
男たちは一瞬だけ顔を見合わせて、次の瞬間、ゲラゲラと笑い出す。
「バカかてめえ。そこから出られねえんだろ? 四日もすりゃ餓死すんぞ」
「幽霊にでもなって裁判官の枕元にでも立つ気か? が、ん、ば、れ、よ」
餓死――
その言葉を聞いた瞬間、背筋が逆立ち、熱く滾っていた心が急激に落とされる。
コイツらには罪悪感という回路は最初から配線されていないんだ。
なぜなら、目の奥に“やっていることの重さ”を測るための影がない。
言動も行動も徹底的に軽い。
自分の都合と退屈しのぎ以外、世界の基準を持っていない顔だ。
たぶん、後悔もしないし、振り返りもしない。
過去に何をしたかなんて、覚えていないだろう。
もし覚えていたとしても“別に大したことじゃない”で終わる。
相手がどう傷ついたかなんて、想像する気もない。
捕まっていないから、問題は存在しない。
そういう世界で生きている。
だから“やめろ”なんて薄い言葉は意味を持たない。
命令も、説教も、脅しも、この種類の人間には届かない。
止まるための前提が、そもそもない。
ならば、別の場所を折るしかない。
こいつらが、かろうじて気にしているもの。
自分が“どんな人間として見られるか”だ。
コイツらは、自分を特別だと思いたがっている。
普通ではない、少し危険で、少し強くて、少し“選ばれた側”だと信じていたい。
その安っぽい自尊心だけが、かろうじて残っている最後の防波堤だ。
そこを正面から踏み抜く。
「お前たちが今していることは、特別でも大胆でもない。
ただ、自分の浅さを隠しきれずに露呈しているだけだ。
自分では“選んだ行動”のつもりかもしれないが、実際には、どこにでも転がっている安い衝動に流されているだけだ。
その程度の判断しかできないという事実が、何より雄弁だ。
お前たちが得ているつもりのものは、価値でも快楽でもない。
自分の内側にある空虚さを、一瞬、誤魔化しているだけだ。
そのために、お前たちは自分自身を安売りしている。
名前も残らない、記憶にも残らない、代わりのきく加害者の一人として埋もれていく。
お前たちがどう思おうと、その行為が示しているのは一つだけだ。
“お前たちは、自分の価値を自分で削り落とすほどに、薄く、浅く、取るに足らない存在だ”ということだ。
続けるかどうかは勝手にすればいい。
ただ──
その選択が、お前たち自身の“程度”をこれ以上なく明確にするだけだ」
男がゆらりと立ち上がる。
「うるせえよ」
怒りが顔から滲み出ている。
結界の目の前に立ち、冷徹な視線で俺を見下ろす。
俺は、視界の端に入った枕を掴み、力任せに投げつける。
だがそれは、あっけなく結界に弾かれ、ポフッと柔らかい音を立てながらベッドに戻ってきた。
「クソッ!」
「ケッ! テメエのほうが無価値で取るに足らない存在だろうが」
男が腕を広げる。
「ほらよ、かかってこいよ、手も足も出ないんだろ、ゴミが!」
歯を食いしばる。
思考が荒れる。
手段がない、選択肢がない。
その事実だけが頭の中で反響する。
そのとき、足の間に硬い感触。
さっきリンダがくれた木の実だ。
理由も理屈も浮かばないまま、半ばやけでそれを掴み、投げる。
次の瞬間――
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
耳をつんざく悲鳴。
空気が一気にひっくり返るみたいに、場の温度が変わる。
ただの木の実。そう認識していたはずなのに、目の前の男は顔を歪め、体を仰け反らせている。
「おい、どうした!?」
もう一人が慌てて駆け寄る。
その声がやけに遠く感じる中で、俺は残っている木の実を握り直す。
結界は、外からの干渉を弾くが、内側からの物は通る可能性がある。
さっきの一撃は、その仮説を完全には否定していない。
今度は狙いを定めて、叩きつけた。
スッと、何の抵抗もなく、木の実は結界を通過する。
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
同じように、絶叫。
さっきよりも確信に近い何かが胸の奥で跳ねる。
二人はそのまま地面に崩れ落ち、痙攣を始めた。
体がびくびくと跳ねる様子は、どこか異様で、現実感が薄い。
「リンダ、大丈夫か?」
声をかけると同時に、彼女がその場に崩れ落ちる。
顔を覆ったまま、肩だけが小刻みに揺れていて、押し殺した嗚咽が指の隙間から漏れてくる。
「うっ……うっ……」
まずいな、完全に動けなくなってる。
「こいつら、いつ起きるかわからない。逃げても追ってくるかもしれない。今のうちに手足を縛るんだ。手伝えればいいが、俺はここから出られない。辛いと思うけど立ち上がるんだ」
できるだけ落ち着いた声で言うが、返ってくるのはか細い息だけだ。
「うぅっ……」
視線も下がったまま、現実から目を逸らしているように見える。
このままじゃ、間に合わない。
優しい言葉じゃだめだ。
今、必要なのは慰めじゃないし、共感でもない。
なら、無理やりでも立たせる!
彼女のケツを蹴り上げるぐらいの衝撃――
こんな言い方をすれば、間違いなく嫌われるだろうし、あとで取り返しがつかないかもしれない。
それでもいい。ここで死なせるよりは、ずっとましだ。
一度だけ息を吸い、彼女の顔を射抜くように見る。冷たくするためじゃない、甘さを切り捨てるためだ。
「あ~あ、残念だ。コイツら、もうすぐ目を覚ますぞ。
怒りにまかせて君をすぐに殺すだろうなあ~」
現実を突きつけるために、わざと軽く言う。
ぴくり、と彼女の肩が揺れる。
「嫌かい?
だったら、許しを請うために服を脱ぎ、裸になって足を開くんだ。
そうすれば、少しは長く生きられるだろうよ」
「ひぐっ……?!」
顔が上がり、涙で濡れた瞳が、はっきりと俺を捉える。
――いいぞ! 俺を見ろ!
「俺は鳥籠の中の梟だ。
羽ばたくこともできず、大きな目でのぞき見し、ただ小さく囀るだけ。
自由な君は選択できる。
さあ選べ!
すぐ死ぬか!
犯されて死ぬか!
それとも生き延びるか!」
――立て! 立つんだ! 立ってくれ!!
叫びたいのを押し殺しながら、ただ見続けるしかない。
やがて、彼女の指がゆっくりと顔から離れる。
呼吸はまだ乱れているが、そのまま膝に力が入り、ふらりと体が持ち上がる。
危なっかしい。
今にも崩れそうだが、それでも一歩、前に出る。
彼女はよろめきながら、男たちの荷物へ向かう。
――急ぐんだ!
一歩、また一歩と、重し足を引きながら荷物に近づく。
そして、リュックの前でしゃがみ込む。
――そうだ! いいぞ! ロープを探すんだ!
「リンダ?」
彼女が手にしたものを見て、言葉が止まる。
手斧――
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