表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
57/94

第57話 届きそうで届かない

「次の実験は、同一個体の認識確認だ」

「同一個体?」

「棒の両端を二人で持つ。このとき、俺やケイシーが棒の一部として認識されるのか、それとも、個別に認識されるのか調べるのさ」


 言葉にしながら、自分でも少し回りくどいと思う。だが、この結界は単純な物理法則だけで説明できる感じがしない。

 なら、認識の問題、判定ロジックに触れるしかない。


「棒が必要なんですね」

「折れたら危ないので、丈夫な素材がいい」

「探してきます」


 ケイシーはすぐに踵を返し、飛ぶように走っていく。

 若さかな、と年上ぶって考える自分が情けない。




 しばらくして戻ってきた彼女の手には、木剣が握られている。長さも固さも十分だ。


「以前見学した訓練場から借りてきました」

「嫌な顔されなかった?」

「騎士団総長から命令されたお仕事に使うと言ったら、快く貸してくれました」


 ――さらっと嘘をついた! いや、まあ、アリ寄りの嘘か。


 引き出し経由で木剣を受け取る。手に取った瞬間、手首が沈む。

 ……重い。

 ふと、修学旅行で買った模造刀を思い出す。あれは異常に軽かった。たぶん怪我をしないよう折れやすい素材で作られていたのだろう。

 この木剣は、生きてるみたいに重みがある。ちょっと振ってみたくなる衝動が、腕の奥でうずく。

 でも、ここでやったらケイシーに笑われる。ぐっと指に力を込めて、その衝動を押し込める。


 女性に刃を向けるのは気分的にアウトだ。自然と柄のほうを結界の外へ向ける。


「ケイシー、握って」

「はい」


 彼女が柄を掴む。細い指がしっかりと回り、滑らないように力が入るのが見える。

 その状態を確認してから、ゆっくりと引く。

 ケイシーの手が結界に触れる。

 そのまま引き続ける。

 次の瞬間、彼女の手のひらが、ずるりと滑って外れる。


「あっ」と、短い悲鳴。


 木剣はこっち側に戻るが、彼女の手は結界の外に残る。

 掌がうっすら赤い。

 摩擦か、圧迫か。どちらにせよ、無理に引いた影響は出ている。


「ごめんケイシー、痛かった?」

「大丈夫です」と、ほんの少しだけ眉が寄っている。そして、悔しそうに笑う。

「強く掴んでいたら、もしかしたら入れるんじゃないかって思って……頑張ったんですけど」


 本人は気にしていない様子で指を軽く握ったり開いたりしている。

 けれど、赤くなった手の色が目に残る。

 そこまでして、実験に付き合う必要があるのか。

 ふと、さっきまでの動きが頭の中で繋がる。


 木剣を探しに、迷いなく駆けていったこと。

 魚を躊躇なく引き出しに入れたこと。

 そして今、少し無理をしてでも結果を出そうとしたこと。

 どれも、言われたからやった、というだけでは説明がつかない気がする。

 真面目だから?

 それはある。けど、それだけでここまでやるかと言われると、少し引っかかる。


 あ! そういうことか。

 この結界がなければ、もっと“普通に”世話ができる。

 距離も、今みたいに不自然に区切られない。

 なら、彼女にとっても、この結界は邪魔なものだ。

 壊せるかもしれない。

 通れるかもしれない。

 その可能性に、少しだけ前のめりになっている。

 そう考えると、さっきの一連の行動に筋が通る。


 俺はもう一度、赤くなった掌に目をやる。


「無理しないで。怪我してほしくないから」

「はい」


 俺は木剣を持ち直し、

「じゃあ今度は逆を試してみよう」

「逆?」

「ケイシーが引っ張ってみて」


 再び柄を結界の外へ差し出す。今度はこっちが引かれる側だ。

 ケイシーが一歩近づく。両手で柄を握ると、指先がきゅっと締まり、袖口がわずかに揺れる。


「よいしょ……!」


 声と同時に力が入る。細い腕に筋が浮かびそうなほど力んでいるのに、木剣はぴくりとも動かない。

 こっちは特に踏ん張っているわけでもないのに、まるで床に固定されているみたいだ。

 引く動きに合わせて、彼女の体がわずかに傾く。支点を探るように重心がずれて、肩にかかっていた髪がするりと滑り落ちる。


「ん~、んん~~~~っ」


 腰をひねるように回しながら、さらに力をかける。その動きに連動してスカートの裾が揺れ、エプロンの紐が左右に振れる。

 ケイシーだけが真剣に引っ張り続けている。その様子はまるでパントマイムだ。


「もしかして俺をからかってる?」

「そんなこと、しません、よぉ~っ」


 眉を下げて、ぶんぶんと首を振る。否定しながらも手は離さない。声が少し裏返っていて、力み具合がそのまま伝わってくる。


 ――まさか演技している? 


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ