第57話 届きそうで届かない
「次の実験は、同一個体の認識確認だ」
「同一個体?」
「棒の両端を二人で持つ。このとき、俺やケイシーが棒の一部として認識されるのか、それとも、個別に認識されるのか調べるのさ」
言葉にしながら、自分でも少し回りくどいと思う。だが、この結界は単純な物理法則だけで説明できる感じがしない。
なら、認識の問題、判定ロジックに触れるしかない。
「棒が必要なんですね」
「折れたら危ないので、丈夫な素材がいい」
「探してきます」
ケイシーはすぐに踵を返し、飛ぶように走っていく。
若さかな、と年上ぶって考える自分が情けない。
しばらくして戻ってきた彼女の手には、木剣が握られている。長さも固さも十分だ。
「以前見学した訓練場から借りてきました」
「嫌な顔されなかった?」
「騎士団総長から命令されたお仕事に使うと言ったら、快く貸してくれました」
――さらっと嘘をついた! いや、まあ、アリ寄りの嘘か。
引き出し経由で木剣を受け取る。手に取った瞬間、手首が沈む。
……重い。
ふと、修学旅行で買った模造刀を思い出す。あれは異常に軽かった。たぶん怪我をしないよう折れやすい素材で作られていたのだろう。
この木剣は、生きてるみたいに重みがある。ちょっと振ってみたくなる衝動が、腕の奥でうずく。
でも、ここでやったらケイシーに笑われる。ぐっと指に力を込めて、その衝動を押し込める。
女性に刃を向けるのは気分的にアウトだ。自然と柄のほうを結界の外へ向ける。
「ケイシー、握って」
「はい」
彼女が柄を掴む。細い指がしっかりと回り、滑らないように力が入るのが見える。
その状態を確認してから、ゆっくりと引く。
ケイシーの手が結界に触れる。
そのまま引き続ける。
次の瞬間、彼女の手のひらが、ずるりと滑って外れる。
「あっ」と、短い悲鳴。
木剣はこっち側に戻るが、彼女の手は結界の外に残る。
掌がうっすら赤い。
摩擦か、圧迫か。どちらにせよ、無理に引いた影響は出ている。
「ごめんケイシー、痛かった?」
「大丈夫です」と、ほんの少しだけ眉が寄っている。そして、悔しそうに笑う。
「強く掴んでいたら、もしかしたら入れるんじゃないかって思って……頑張ったんですけど」
本人は気にしていない様子で指を軽く握ったり開いたりしている。
けれど、赤くなった手の色が目に残る。
そこまでして、実験に付き合う必要があるのか。
ふと、さっきまでの動きが頭の中で繋がる。
木剣を探しに、迷いなく駆けていったこと。
魚を躊躇なく引き出しに入れたこと。
そして今、少し無理をしてでも結果を出そうとしたこと。
どれも、言われたからやった、というだけでは説明がつかない気がする。
真面目だから?
それはある。けど、それだけでここまでやるかと言われると、少し引っかかる。
あ! そういうことか。
この結界がなければ、もっと“普通に”世話ができる。
距離も、今みたいに不自然に区切られない。
なら、彼女にとっても、この結界は邪魔なものだ。
壊せるかもしれない。
通れるかもしれない。
その可能性に、少しだけ前のめりになっている。
そう考えると、さっきの一連の行動に筋が通る。
俺はもう一度、赤くなった掌に目をやる。
「無理しないで。怪我してほしくないから」
「はい」
俺は木剣を持ち直し、
「じゃあ今度は逆を試してみよう」
「逆?」
「ケイシーが引っ張ってみて」
再び柄を結界の外へ差し出す。今度はこっちが引かれる側だ。
ケイシーが一歩近づく。両手で柄を握ると、指先がきゅっと締まり、袖口がわずかに揺れる。
「よいしょ……!」
声と同時に力が入る。細い腕に筋が浮かびそうなほど力んでいるのに、木剣はぴくりとも動かない。
こっちは特に踏ん張っているわけでもないのに、まるで床に固定されているみたいだ。
引く動きに合わせて、彼女の体がわずかに傾く。支点を探るように重心がずれて、肩にかかっていた髪がするりと滑り落ちる。
「ん~、んん~~~~っ」
腰をひねるように回しながら、さらに力をかける。その動きに連動してスカートの裾が揺れ、エプロンの紐が左右に振れる。
ケイシーだけが真剣に引っ張り続けている。その様子はまるでパントマイムだ。
「もしかして俺をからかってる?」
「そんなこと、しません、よぉ~っ」
眉を下げて、ぶんぶんと首を振る。否定しながらも手は離さない。声が少し裏返っていて、力み具合がそのまま伝わってくる。
――まさか演技している?
ここまで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。
全112話 毎日投稿します。
最後まで楽しんでいただけたら幸いです。




