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第54話 統計という武器

「なるほど。では“何か起きたか”を調べるのではなく“どう変わったか”を調べる必要がありそうだな」


 そう言うと、アランがハッとした表情になる。


「宰相閣下も同じようなご意見を仰っておいででした」

「と言うことは、もう何かしらの情報を集めているのでは?」

「いいえ、それはまだです。魔術適性者が減少しているのではないか、という実態については、つい最近気が付いたのです」

「では、手つかずの状態から調べなきゃだめなんだな」

「お手数をおかけします」


 アランの口から出た言葉は、敬意や気遣いの類。

 その声に熱は感じられない。人形が条件反射で零したように聞こえる。何を考えているのか、まだ掴みきれない。


「ふむ……、感覚論ではなく、統計学で分析がしたい。例えば、剣の魔術が使えるのは全体の何割か。弓は、槍はどうか。さらにそれは、第一軍、第二軍、第三軍、同じ割合なのか。もし違いがあるならば、どこが違うのか」

「なるほど……。確かにそのような情報は整理されておりません。早速手配して調べさせましょう」

「訓練内容の違いや、装備の違いなんかもあるといいな。しかし、その情報でわかるのは、あくまで分布。原因の特定には足りない」

「他にも情報が?」

「個人情報だな。魔術が使える者と使えない者。そこにどんな違いがあるのか調べる必要がある」

「違い……ですか」

「たとえば、職業、年齢、性別……、

 住所、出身地……、

 教育課程……、

 宗派、信仰……」


 並べていくと、アランの表情がじわじわ固くなる。


「貴族階級、家族構成、通院履歴、犯罪歴、あと――」

「そのような情報は管理しておりません」と、静かに遮られる。


 そのとき、横から小さく吹き出す声。

「ふふっ」と、ジェイミーが口元を押さえながら肩を揺らし、

「マシューがいたら、こう言うだろうね。『異世界人がまた不思議なことを言い始めたっす』って」


 声色を変えたモノマネが妙に似ていて、少しだけ力が抜ける。

 俺が苦笑すると、ジェイミーはそのまま興味深そうにこちらを覗き込む。


「ユウナギ殿が当たり前みたいに聞いてきたってことは、異世界には、そういう情報があるんでしょ? 詳しく聞きたいわ」


 たいした情報じゃないし、教えても問題はないだろう。

 核心に触れるわけでもない。仕組みの話だ。


「異世界では“戸籍”と呼ばれている。

 誰がこの国の人間で、誰と血が繋がってて、誰と結婚してるかを、国がまとめて記録する仕組みだ。

 この制度を導入すると何が起きるかって話なんだけど。

 出生と死亡が把握できれば、税も兵も労働力も計算しやすい。

 つまり人を正確に“数えられる”ようになる」

「王国でも似た制度がございます。租税台帳と呼ばれ、名前と住所と納税状況が記録されております」


 アランが眼鏡の位置を指で押し上げる。そのくらい管理してますと言いたげな、宰相府書記官としてもプライドが見え隠れしている気がする。


「なら良い面ばかりじゃないのもわかるはずだ。

 記録された出自は消えない。

 貧民の子は貧民の子として残る。

 出身地差別、血縁差別、宗教差別。

 それらを制度が後押しする。

 その気になれば“特定の血族を排除する”ことも理屈上はできる。


 能力より出自が重んじられ、無能が支配する社会。

 派閥による結束が深まり贔屓が生まれる。

 結局のところ戸籍管理とは運用次第で善にも悪にもなる見えない鎖さ」


 ダニエルが露骨に顔をしかめ、

「貴族階級には家系図があるらしいな。だから王宮内はギスギスしてるんだろうが」

「嫌な話ね」と、ジェイミーが肩をすくめる。

「仕方のない一面だと存じております。貴族社会は横の繋がりが重要ですから」


 アランにミドルネームは無い。だから貴族ではないのだけれど、立場の違いが、そのまま反応に出ている。


「話を戻すが、統計を取るためには、その元となる台帳が必要だ」

「まさか……」と、ダニエルが呟く。

「ということで、戸籍を作って欲しい」


 ダニエルは即座に眉間にしわを寄せる。


「おいおい、舌の根が乾かぬ内に作れって、正気かよ。悪い制度なんだろ?」

「だから、集めた情報を見るのは俺だけとする。よって収集活動は三人に絞る。外部には漏らさない」

「わかったわ、ユウナギ殿を手伝うよう命令されてるから」

「もちろん、わたくしもお手伝いさせていただきます」


 ダニエルは一度だけ唸るように息を吐いてから、

「……仕方ねえな」と、渋々といった調子で頷く。


「三人ともよろしく!」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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