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第53話 消えゆく才能

 次は弓兵の射撃場だ。

 訓練場の喧騒から少し離れているので静かだ。

 長く伸びた射線の先に、円形の的が等間隔に並んでいる。距離はかなり遠く、俺の感覚だと“当たったら拍手もの”くらいの位置だ。


 騎士が弓を構える。

 弦が引き絞られるたび、張り詰めた音が重なる。

 指が抜けた瞬間、矢が一直線に飛び出し、乾いた音を立てて的に突き刺さる。


「ほう……」


 授業で剣道をしていたせいもあって、木剣の訓練はそれほど驚きがなかった。

 しかし、弓を射る状況と言うのは体験したことがないので、矢が的に当たるたびに心が躍る。

 正直、撃ってみたい。けれど、浮ついていると思われるのも恥ずかしいので我慢だ。


 俺は視線を滑らせながら、その中のひとつの的で目を止める。


「あの騎士だけ、命中率高くない?」


 指さした先の的は様子が違う。矢が中心に集中していて、ハリネズミみたいな見た目になっている。


「ユウナギ殿、いいところに気づいたな。矢を放つときの目を、よーく見てみな」


 ダニエルの口元に浮かんだ薄い笑みが、わずかに楽しげに歪む。

 言われた通り、弓を引く動作を目で追う。


 肩はぴたりと固定され、余計な揺れがない。

 呼吸が止まり、全身が一瞬だけ静止する。

 指がほどける直前、ほんの一瞬、瞳の奥に淡い光が走る。


「目が光ってる?」

「当たれ~、当たれ~って念じながら撃つと、当たりやすくなるそうだ」

「また適当な話して……。いや、もしかすると自己催眠か?」


 隣でジェイミーがクスリと笑う。


「言い得て妙ね。集中のやり方なんて人それぞれだもの。彼は魔術によって自己催眠に入ってるのかも」


 ファンタジー作品ならバフと呼ばれる身体強化の技。それをこの世界では魔術と呼んでいるのか。


「ちなみに、マシューは魔術なしで当ててたわね」

「あれは達人の域だな」


 マシューの仕留めた鹿の味を思い出す。あれは美味しかった。






 最後は馬場だ。

 柵で囲まれた砂地の中を、騎士たちが馬を走らせている。


 疾駆する馬上で長槍を構え、そのまま突進に移ると、後方へ砂が弾け飛ぶ。

 一直線に木製の的へ突き出され、ぶつかった瞬間、鈍い衝撃とともに的が弾き飛ぶ。

 騎士は上体を崩さず、槍を引き戻してすぐに向きを変える。

 その一連の動きが流れるようで、迷いがない。


「近衛なのに馬術も鍛えてるんだな」


 思わず口にすると、ジェイミーが軽く頷く。


「王族の馬車を守るのも第一軍の任務なのよ。守るってことは、逃がすってことでもあるからね。道を切り開く技量も必要になるの」

「なるほどな。矛先が一瞬だけ光るのが魔術なんだろ」

「そうね。破壊力が増すらしいわ」


 乗馬は、もっと優雅なものだと思っていた。英国紳士が背筋を伸ばして、風を切って走る。そんな絵を勝手に想像していた。

 でも、目の前の訓練はまるで違う。優雅さなんて一ミリもない。

 荒く激しい、戦いそのものだ。

 なのに、胸がざわつく。乗ってみたい、なんて思ってしまう自分がいる。


 そのとき、隣で小さく息をのむ音。

 視線を向けると、ケイシーが目を見開いている。怖がっている様子はない。ただ、圧倒されている、そんな顔だ。

 もしかすると、俺と同じ感想を抱いているのかもしれない。


「ケイシー、もしかして白馬の王子様とか憧れてる?」

「はい。寝物語で母が聞かせてくれました。もし王子様が現れたら、手綱をしっかり握って離すんじゃないよって」

「あ、そうなんだ……」


 ――しっかりした母親だな。


「現れたのはベッドに乗った王子様でしたけど」と言いつつ、クスリと笑う。

「俺はそんな柄じゃない」

「そうなんです。王子様じゃなくて異世界人ですもの。手綱がないので、母の言いつけが守れません。どうしたらいいと思います?」


 無邪気な視線が向けられる。悪気ゼロで、むしろ真面目に困っている顔だ。

 母親の言う“手綱”は、たぶん物理的な話じゃない。繋がりとか距離感とか、あるいは覚悟みたいなものを指しているはずだ。

 ケイシーはそれを勘違いして覚えてしまった。

 それを正直に説明するのも、なんというか野暮だ。かといって茶化しすぎると、たぶん真に受ける。


 どう返すか考えているとダニエルが、

「どうだ異世界人、王国騎士団は凄いだろ」と、まるで自分が全部育てたみたいな顔で、胸を張っている。


「よく統制されていますね」

「だろう? これだけの軍隊、異世界にもそうそういないはずだ」


 ダニエルの口角がぐいっと上がり、わかりやすく胸を張る。

 ……まあ、ここで近代兵器の話をしても意味がないし、空気も壊れる。


「ソウデスネ。スゴイ、スゴイ」と、わざと抑揚を抜いて返す。

「何だぁ? その反応」


 案の定、露骨に眉をひそめる。

 横でジェイミーがクックッと喉を鳴らす。


「やっぱりね。ユウナギ殿は、初めて見る光景に関心は寄せていたわ。でも恐怖は覚えなかった」

「どういうことだ?」

「簡単な話よ。王国騎士団はユウナギ殿にとって、いいえ、異世界にとって脅威になりえない軍事力ってこと」


 体格はゴリラなのに、相変わらず観察眼は妙に鋭い。しつこい性格じゃないから、たぶんこれ以上は聞いてこないだろうけど。

 横目てチラリとアランの出方を探る。

 眼鏡の縁をクイッと上げる。その奥に宿る光は、獲物を狙う肉食動物のそれだ。


 ――宰相に報告するんだろうな。どうやって誤魔化すのか、考えるのが面倒だ。


「そんなわけ!」と、ダニエルの声が一瞬だけ強くなるが、

「……ないよな?」


 途中で勢いが鈍る。さっきまでの自信満々な顔が、わずかに揺れる。

 俺は小さく咳払いする。空気を変えるには、少し大げさなくらいがちょうどいい。


 わざと低く、芝居がかった声で、

「クックック。王国騎士団を総動員しても、俺を囲う結界は破れはしないだろう!」

「なんだとっ?!」


 ダニエルが目を剥く。反応がいい。というか、チョロイ。

 間を置かず、今度は手を合わせ、弱々しい声を出す。


「……というか出してください、お願いします」


 数秒、沈黙。

 さっきまでの勢いがどこかへ消えて、妙に気まずい空気が落ちる。


「大物なのか小物なのか、よく分からないお人だ」


 ダニエルが肩をすくめるように言う。

 単純で助かる。そう思うと、無意識に口元が緩んでしまう。

 余計な詮索を避けるなら、このくらいの道化がちょうどいい。


「ユウナギ殿、一通り見学を終えられましたが、何かお気づきになられましたでしょうか」


 アランの声色は穏やかなのに、値踏みする気配だけは隠していない。

 俺は考えながら返事をする。


「命中率と破壊力。

 どちらも魔術によってかなり性能差が出ていた。

 けど分析するには検体数が少なすぎる。

 目視で追うのは合理的じゃない。

 もっと効率よく……。

 そうだな、まずは情報が欲しい」

「情報、ですか」

「調査依頼を受けた時の、宰相の反応。なにか仮説を立てていそうだと感じたんだ。そのあたり聞いてないか?」

「直接聞いたわけではありませんが、ある日突然減ったというわけではなく、長い時をかけて徐々に減ったのではないか。そう呟いておりました」


 ――まるで少子化問題だな。


 現代日本でも、政治家や学者が何十年も頭を抱えている問題だ。

 そんな難題を一般人である俺が解決できるわけがない。

 そう考えると、逆に気が楽になった気がする。

 余計なプレッシャーじゃなくて“ダメもと”と気持ちを切り替えればいい。


「なるほど。では“何か起きたか”を調べるのではなく“どう変わったか”を調べる必要がありそうだな」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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