第52話 第一軍の訓練場
「ここが訓練場よ」
ジェイミーの案内で来た場所は、想像よりずっと広い。
剣術用の区画、その奥に弓兵の射撃場、さらに離れた場所に馬場まで見える。
王城の中というより、小さな駐屯地みたいな規模感だ。
まず、剣術用の区画を最初に視察する。
広場では騎士たちが木剣を打ち合わせていて、乾いた音が絶え間なく跳ね返る。金属じゃないのに、振りの速さは本物と遜色ない。それどころか、下手に刃が付いていない分だけ遠慮がないようにも見える。
「王城の中は第一軍が配備されているわ。いわゆる近衛騎士で、王と王族を守るのが任務。彼らは対人戦を想定した訓練をしてるの」
一対一で向き合う組や、三対一で追い詰める組もいる。五対五で陣形を保ったまま押し引きを繰り返す集団もある。
重い鎧をまとっているはずなのに足運びは軽く、踏み込みも引きも淀みがない。
「第二軍は王国民を守る盾。主に中央区の守備よ。そしてあたしたち第三軍は王国民を守る剣。王都外郭に配備され、醜獣や怪獣の討伐が任務なの」
「怪獣?」
口にした瞬間、脳内に巨大な影が立ち上がる。放射火炎を吐くヤツだ。
「異世界にはいないの?」
「それは、どんな姿をしているんだ?」
「ハーピーやサイクロプス、グリフォンなんかがいるんだけど、姿ねえ……」
ファンタジー作品のモンスターなわけだが、サンクチュアリは怪獣と翻訳したんだな。
「ありがとう。今のでなんとなく想像できたよ。でも、異世界に怪獣はいないな」
「へぇーそうなのね。羨ましい限りだわ。異世界にはどんな生物がいるのか気になる」
ジェイミーは素直に目を輝かせてくる。好奇心を隠す気がないようだ。
一方で、隣のダニエルは訓練場に視線を向け、腕を組んだまま、わずかに眉を寄せている。あまり見たことのない表情だ。
「どうしたダニエル」
「ああ……近衛は貴族や金持ちの子息が多いんだ。だからお遊戯団と揶揄されることもある」
俺はもう一度、訓練場を見渡す。
打ち込みの音、踏み込みの速さ、崩れない姿勢。少なくとも素人の目には、真剣そのものにしか映らない。それらの動きのどこに、軽く見られる要素があるのか正直わからない。
「あいつらの剣は軽い。命の重さを知らぬ者に人など守れるものか」
「その発言は聞かなかったことにします」
横から、すっと差し込むようにアランが言葉を落とす。声は静かだが、刃物みたいに細くて硬い。
「無礼を承知で申し上げる。第一軍に戦力を割くくらいなら、最前線で戦う第三軍を充実させるべきではありませんか」
「一兵士が口を挟む問題ではありません」
ダニエルは一瞬だけ睨み返すが、すぐに唇を噛んで言葉を飲み込む。
――人間関係メンドクサ。
巻き込まれる未来が見える。しかも高確率で泥沼コース。付き合う義理はないし、時間も惜しい。
俺はわざとらしく、腕を上げて大きく背伸びをしたあと、首を回し視線を空へ向ける。
「あ~あ。文官と武官の仲が悪いなんてよくある話だよな。
空気が悪くなれば口も重くなる。
アランは俺の補佐兼、諜報が任務だろ、それでいいの?」
視線をチラリとアランに向ける。
「それは……」
「対立が悪化すれば、集中力は削がれるし、調査の能率も落ちるワケ。
悪いけどさ、二人とも猫を被ってくれ。
それができないなら、喧嘩の続きは、俺のいないところで好きなだけやって」
次の瞬間、二人の表情から熱がすっと引く。さっきまでの張り詰めたものが、嘘みたいに消える。
アランが即座に頭を下げる。
「申し訳ありませんユウナギ殿。今後二度と口論はいたしません」
「俺もだユウナギ殿、もうしわけない」
ダニエルも続く。さっきまでの刺々しさが、綺麗に引っ込んでいる。
「仲良くしようよ、ね」と、軽く締めると、二人は素直に頷いた。
――今の言い方。完全にパワハラだよな。
胸に溜まった嫌な空気を吐き出しながら、視線を訓練場に戻す。
騎士たちの中で、ふと一人が目に入る。なんで彼かは、分からない。
その彼が踏み込む。
間合いを詰める足が速い。
木剣が振り下ろされ、相手の木の盾に当たってわずかに弾かれる。
衝撃で腕が引かれるが、そのまましなるように動き、返す剣が振り上げられる。
その瞬間、刃が淡く光る。
目が一瞬遅れる。光の筋が空に引かれ、軌跡だけが残るように見える。
盾に触れたはずなのに、音がない。
スン、と力の抜けた気配。
盾が二つに割れて、片方が地面に落ちる。
「え?」と、思わず声が漏れてしまう。
割れ目は滑らかで、木が裂けたというより、最初からそういう形だったみたいだ。
――今のが魔術か。
理屈はわからないが、さっきまでの打ち合いとは明らかに別物。
木剣で木の盾を“割く”。物理的にありえないはずだ。
ふと隣を見る。
ダニエルたちは眉ひとつ動かしていない。ただ“いつものこと”みたいに眺めている。
俺の常識が崩れた瞬間に、こいつらは平然としている。
その落差が、胸に引っかかる。
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