第51話 調査隊、集結
朝。まだ空気が少し硬い時間だ。
庭園の花に視線を落としながらぼんやりしていると、規則正しい足音が近づいてくる。
視線を流すと、ダニエルとジェイミーが並んで進んでいる。
どちらも鎧ではなく、王国騎士の制服姿なのが新鮮に見える。肩の力の入り方が違うせいか、別人みたいだ。
あえて、正直に言えば、似合っていない。まあ、見慣れないだけかもしれないが。
俺の前で二人が止まる。
「ユウナギ殿のやることを手伝えと、えらく曖昧な命令を受けて参上したぞ」
ダニエルは腕を組み、眉間にしわを寄せる。視線もわずかに逸れていて、納得していないのが丸わかりだ。
「お手伝いできて光栄です」
その隣でジェイミーが拳を胸に当てて敬礼する。動作はきっちりしているのに、なぜか口元は緩んでいる。
並べて見るとひどい対比だ。片や渋面、片や楽しそう。姿勢も表情も、ここまで揃わないのは見ていて面白い。
「不機嫌そうだけど、どうかした?」
「ユウナギ殿が俺たちの上官になった。そういうことだ」
「手伝いに来ただけだよね」
「同じことだ」
「それは、その……。なんかゴメン」
ダニエルは、ただ小さく鼻を鳴らす。許したのか、諦めたのか、判断に困る反応だ。
ジェイミーは横でくすっと笑う。完全に面白がってるな、これ。
上官、か……。言葉だけが少し浮いて、胸の奥に引っかかる。実感はない。でも立場だけは変わっているらしい。
「無理に堅くならなくていいよ。こっちもそのほうがやりやすいし」
口調を崩す。これから一緒に仕事するなら、堅苦しくないほうがいい。まずは、フレンドリーに接する一歩だ。
ふと、遠くの足音に気づく。一定で、迷いがなく、まっすぐこちらへ向かってくる音だ。反射的に視線を向ける。
紫を基調とした衣服の男が、一直線に歩いてくる。細身だが、芯が通っている。無駄な揺れがないというか、体の中心がぶれないまま前に進んでくる感じだ。
視線が合う直前、銀縁の眼鏡が光を拾って、顔の一部が一瞬だけ隠れる。
「ユウナギ殿でお間違いございませんね」
抑揚の削れた声。丁寧なのに、温度が低い。
「そうだけど、あなたは?」
男は胸に手を当て、正確すぎる角度で一礼する。儀礼用の動作をそのまま切り取ってきたみたいだ。
「わたくし、宰相府書記官を務めております。アラン・シーグローブと申します。本日より、ユウナギ殿のご活動について、諸手続きの補佐を命じられております。以後、お見知りおきを」
宰相府、つまり、オーウェン宰相の直轄。
これで、宰相と騎士団総長の犬が揃ったわけか。
考えたまま黙っていると、アランは指先で眼鏡の位置をわずかに直す。ほんの数ミリの調整なのに、やけに目につく。
「ご懸念はもっともかと存じます。ですが、わたくしの役目は、あくまで記録と調整にございます。ユウナギ殿のご判断を妨げる意図は、一切ございません」
俺が警戒していると悟り、先回りして弁解してきた。
観察力が高く、礼儀もわきまえている。さすがは宰相が回してきた人材だ。
「ずいぶん優秀そうだな」
「職務に忠実であることを心掛けております」
「心強いよ」
そう返しつつ、横に視線を流す。
ダニエルとジェイミーの背筋が、揃って伸びている。さっきまでの温度差が嘘みたいに消えて、二人とも完全に“軍の顔”になっている。
どうやら書記官って肩書き、思ってたより上らしい。ただ、こうも固まられると、こっちがやりづらいんだよな。
「それではユウナギ殿。今後の予定を伺ってもよろしいでしょうか」
昨日のやり取りを順に思い出し、要点だけを並べて説明する。
「宰相と騎士団総長が昼食に来ただとっ!」
ダニエルの声が一段上がる。さっきまでの不機嫌とは質が違う。顔色がすっと落ちて、そのまま腹を押さえる。
「調査ねえ……。ユウナギ殿にあてはあるの?」と、ジェイミーが軽く首を傾げる。
「まったくない」
「宰相相手に安請け合いするなんて大物だわ」と言いながら両手を広げて、やれやれと肩をすくめる。
「俺が返事をする前にロックウッド総長は帰ったんだよ」
「……あの方なら、そうね」
どうやら総長の行動パターンは、この国では共通知識らしい。理解が早いのは助かるが、評価としてはどうなんだ、それ。
「魔法はリンダのを見ているが、まだ魔術を見たことがない。
なあ、魔術を扱える人は、近くにいないのか?」
「第一軍の訓練場なら近いわよ」
「いいね。では、そこへ行くついでに、王城の中を案内してもらおうかな。本物の城なんて見たことないし」
「残念だけど、城内は許可がないと入れないの」
「そうなの?」
「騎士であるあたしたちでも無理なの。だから案内できるのは屋外だけになるわ」
そのとき、横から静かな声が差し込む。アランだ。
「後日でよろしければ、わたくしから宰相閣下にお話を通しておきますが。いかがなさいますか?」
「そうだね。調査とは関係ないけど、見学をお願いしてみるのもアリかな」
「了解致しました」
腹を押さえていたダニエルが顔を上げた。
「異世界人は恐れ知らずだな、城内は重鎮の巣窟だぞ」
「王様より怖い人はいないんだろ?」
何気なく返すが、ダニエルの顔色が、さらに悪くなる。
――なぜ?
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