第50話 探偵と助手メイド
立ち去る総長の背中は、もう小さい。
『魔術適性者が減少している原因の究明を命ずる』と言い残し、断る暇さえ与えてくれない。
「配下になった覚えはないのに、命令を下すなんて、信じられないな」と、つい口から洩れてしまう。
宰相が深く息を吐く。その音に、わずかな疲労が混じる。
「あの男は、戦うことにしか興味を示さないのが欠点でしてね。それと、一度口に出した決定は絶対に取り下げない頑固者でもあります」
――つまり命令は覆らない、そういうことか。
「ロックウッド総長の命令を断ったらどうなります? 投獄ですか? 打ち首ですか?」
「いいえ、そんな大事にはしません、わたくしが阻止します。ただ……付けると言った部下たちが、毎日やってきて泣き言を零すでしょうね」
――めんどくさっ!
「ユウナギ殿。暇つぶしにでも挑戦してみてくれないでしょうか。もちろん必要経費は支給しますし、成果があれば褒章も約束しましょう」
たぶん、この人には、知らないふりをして逃げるのも、適当に濁して煙に巻くのも、通じるとは思えない。
総長よりも面倒な相手だ。
けれど同時に、あの強欲領主よりは遥かにマシ。
少なくとも、俺と会話を試みようとしてくれた。それだけでも好感度はかなり高い。
森では、結局なにもできなかった。
剣を振るうわけでもない。醜獣を倒せるわけでもない。傷を治せるわけでもない。
兵站で役立った?
まあ、それはそうだ。
しかし、それだけだ。
ダニエルたちが命を張っている横で、俺だけ安全圏から見ていただけ。そんな感覚が、ずっとどこかに引っかかっている。
なら、せめて考えるくらいはするべきか。
肉体労働は無理。でも、サンクチュアリに寝そべりながら頭を捻るぐらい、鳥籠の異世界人にもできるかもしれない。
「そうですね。お食事をご馳走になっておいて、何もしないのも失礼でしょう。できる限りのことはしてみます」
「頼みましたよ」と、宰相は満足そうに頷き、
「では、私の部下も手伝うよう手配しておきましょう。何か困ったことがあれば、遠慮なく部下を頼ってください。それでは」
軽く会釈し、静かな足取りで庭園の入口へ向かう。その背中が視界から消えると同時に、場の空気がふっと緩む。
間を置かず、控えていた騎士と侍従たちが一斉に動き出す。皿とカトラリーが素早く回収され、テーブルも後を追うように片付けられる。
気がつけば、庭園には再び静けさが戻っている。さっきまでの圧が嘘みたいに消えて、噴水の水音が遠くで続いている。
とりあえず、あの二人から、俺の思考を読んでいるような素振りは見られなかった。でっちあげたファイアーボールについても、興味以上の感情は感じられなかった。
魔法なんて未知の力がある世界。まだ警戒は緩めないほうがいいな……。
ふと横を見ると、ケイシーがまだ固まっている。
「ケイシー、ケイシー」
「は、はいっ?!」
肩がぴくりと跳ね、手元のスプーンが軽い音を立ててテーブルに落ちる。視線が泳いだまま周囲を見回し、目に光が戻る。
「あれ? 宰相様たちは……」
「もう帰ったよ」
ケイシーは力が抜けたように背中を椅子に預ける。張り詰めていた糸が切れた、そんな感じだ。
「とっても怖かったです~、まるで熊でした」
「その熊から仕事を命令されたよ」
「え?」
「魔術を使える人が減っているから原因を調べろ、だとさ」
「減ってるんですか? 知りませんでした。
でも……調べてわかるものなんでしょうか?」
「さあ? とりあえず調べてるフリくらいはしないと、熊が暴れるかもしれないし」
「それは危険ですね! がんばりましょう!」
妙な方向で納得しているが、やる気は十分らしい。さっきまでの怯えが嘘みたいに目が輝いている。
そして、ふと表情が揺れる。ほんの一瞬、言葉を選ぶみたいに視線が落ちる。
「……あの、ユウナギさん」
「ん?」
「異世界の知識をあまり教えないようにしていましたよね」
「そうだね」
「熊さんの仕事を手伝うのは……、嫌じゃないんですか?」
少しだけ笑い、
「仕事は“調査”だからね。むしろ、こちらの世界を知るいい機会をもらえたと思わない?」
ケイシーの表情が、花が咲いたみたいに明るくなり、
「思えます! 調査……、なんだか隠された謎を解き明かす探偵みたいでワクワクしますね!」
「探偵には優秀な助手がつきものと相場が決まっているのだが」
「お任せください! 探偵助手メイドがユウナギさんのお手伝いをしますよ」
「肩書が長いね」
言いながら、つい笑いがこぼれる。ケイシーも同時に吹き出して、声が重なる。
さっきまでの重苦しさが嘘みたいに消えて、庭園に軽い空気が戻ってくる。
正直なところ。
少しだけ。
いや、思っていたよりずっと。
胸の奥が、希望に満ち溢れていたのだと思う。
この時までは――
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