第49話 強引な調査命令
「それで、どのようなご用件でおいでになったのでしょうか」
そう尋ねると、宰相はナプキンで口元を軽く押さえる。その所作はとても上品で、これが貴族の立ち振る舞いなのかと関心する。
「わたくしたちが異世界の知識に興味を持つのは、理解されているでしょう。けれど、そう易々と教える気はない。違いますかな?」
「たいした知識を持ち合わせていません」
「なるほど、道化を演じ、情報を秘匿する。良い手段です」
――読まれてる。
視線が外れない。表情の端から思考の癖まで、削り取るみたいに見られている感覚が続く。
とりあえず顔の筋肉を固定して、余計な動きを消すしかない。
「ですが、会話の最中に、ふいに異世界の知識を漏らしてしまう、そういう甘い人柄だとも、報告には書いてありました」
――ジェイミーのやつ、余計なことを。
「陛下のご質問には真摯に答えたとも伺っております。
ならば、宰相の立場で会話を弾ませれば、執政に関する知識を。
騎士団総長の立場で会話をすれば、軍務に関する知識をこぼすのではないか。
そう、わたくしは考察したのですよ」
さらりと言うが、中身はだいぶえげつない。
日常会話に見せかけて情報を拾う、その前提をわざわざ開示してくるあたり、逃げ道は用意するが参加はしろ、という圧がにじんでいる。
優雅なランチタイムが、情報戦の場に早変わりだ。
「会話の中に出た言葉が記憶を呼び起こし、関連する知識が浮かぶことはあるかもしれませんね。
それが役に立つ情報かもしれないし、単なる無駄話で終わるかもしれない。
そればかりは予想できません」
曖昧に濁しつつ、条件だけは提示する。要するに、引き出し方次第ですよ、と。
理解してもらえるかは賭けだが。
「フンッ」と、総長が鼻を鳴らし、
「時間の無駄だ。全て吐き出させればよいではないか」
――ダメか。
宰相は深いため息を零しつつ、
「あなたは相変わらず石頭ですねえ。では質問しますよロックウッド」
「何だ」
「あなたの全てを教えてください」
総長の眉がぴくりと動く。ナイフを持つ手は止まらないが、わずかに力が入ったのが見て取れる。
「全てとは何だ?」
「ほらご覧なさい。すぐに質問してきたでしょう。“全て”というのは案外難しいのです。範囲が広すぎて何を話せば良いか迷う。だから的を絞るために、ユウナギ殿と会話をするべきなのです」
――この人、話が通じる。さすがは宰相といったところか。
「なるほど、追い込めばよいのだな」
――脳筋め! この人についていく騎士たち、大変だろうな。
「もうあなたは黙っていてください。
ユウナギ殿。会話の足掛かりとして、すでに教えていただいた知識から広げてみましょう。
異世界には“ファイアーボール”なる魔法があるそうですね」
「はい」
この世界に魔法はあるが、どこまでできるかは把握しきれていない。もし記憶を覗くような手段や、嘘を検知する術が存在するなら、早い段階で知っておきたい。
だから、看破しやすい嘘を混ぜ、相手の出方を見る。
「こちらの世界では“魔法”と“魔術”は別なのです。
魔法とは法理。
決められた呪文を詠唱することで、未知なる存在の力を借り、現象を発生させるもの。
対して魔術は、体術と同じく修練によって身につける技能です。
異世界では、どのような理でファイアーボールを放つのでしょうか」
間を置く。すぐに答えず、わざと少しだけ考える素振りを入れることで、言葉に重みを乗せる。
「……空気には魔力が含まれています。
呼吸によって体内に取り込み、蓄え、その魔力を様々な現象へ変換するのが魔法。
ちなみに、異世界では魔法と魔術を区別していません。
残念なことに、異世界では、その魔力が枯渇し、魔法を使える人はいなくなりました。
ですから、ファイアーボールは文献で知るだけで、実際に見たことはないのです」
虚の中に事実を混ぜる。“使えない”という一点だけは、しっかり固定しておく。
これで“やってみろ”は封じたはずだ。
「なるほど……」と、宰相は小さく呟き、
「実は、わが国でも魔術を扱える人材が減少しているのです。その原因を究明するにあたり、異世界の知識が役に立てばと考えたのですが、ふむ……、魔力、ですか……」
彼の声は、単なる興味ではなく、既に何か仮説を持っているような響きだ。
宰相が深い思案をめぐらせている間に、総長は食事を終える。そして、ナプキンで口元を乱暴に拭い、こちらへ視線を向ける。
「さすがは宰相、人たらしよ。口を割らせるのがうまい。
おい、ユウナギと言ったか、魔術適性者が減少している原因の究明を命ずる」
「え?」
「ダニエル・ウッズとジェイミー・プラウズを付ける。好きに使え」
言い切ると同時に椅子を引き、立ち上がる。その動きに一切の迷いはなく、そのまま庭園の外へ向かっていく。彼の大きな背中には、振り返るという選択肢すら存在していないように見える。
――返事をしていないのだが!
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