表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
48/69

第48話 穏やかな昼と二人の巨頭

 昼下がりの光が、庭園の芝と花をやわらかく撫でている。視界の端で噴水がきらつき、水音が静かに続く。

 ここは王族の庭園。

 それを独占しているという優越感が心をくすぐる。


 俺はサンクチュアリの上であぐらをかき、前に置いたトレイへ手を伸ばす。

 すぐ横では、ケイシーが小さなテーブルにつき、白いクロスの上へ並べられた料理を口に運んでいる。

 マットレスと椅子の高さがほぼ同じ。だから自然と目線が合う。

 横を向けば、食事中の顔がそのまま視界に入るくらいの距離だ。いつもは見上げる側なのに、こうして並ぶと妙に落ち着かない。


 ケイシーはテーブルの端の皿を軽く持ち上げ、こちらへ傾ける。エプロンの紐がひらりと揺れ、肩口で流れた髪がやわらかく動く。


「ユウナギさん、これ見てください、お野菜の切り方、すごく綺麗です」


 示されたサラダの、均一に整えられた断面が光を拾う。まるで定規で測ったみたいに揃っていて、料理というより展示品だ。


「宮廷のお料理って、やっぱり違いますね」

「熟練の技だね」


 次に彼女は、スプーンでスープをすくい上げる。前に落ちかけた髪を指先で押さえ、そのまま口元へ運ぶ。

 触れた唇がわずかに動くのを見て、こっちまで味を想像してしまう。


「スープもおいしい」


 城のコックが用意した料理だけあって、見た目も整っているし、完成度も高いんだろう。たぶん文句をつける余地はない。それでも、

「俺はケイシーの味付けのほうが好みだな」

「もちろんです。専属メイドですからね。期待していてください、すぐに宮廷料理をものにしてみせますから」と、ポンと自分の胸を叩く。


 その仕草がやけに堂々としていて、どこか子どもっぽい強がりも混ざっているように見える。


「楽しみに待ってるよ」


 ――高級食材を用意できるほど、俺は甲斐性ないけどね。


 内心で苦笑しながら、目の前の“完成品”と、その向こうにいる“これから”を見比べる。どっちを選ぶかなんて、考えるまでもない。スプーンを手にしたまま、少しだけ口元が緩む。




 石畳を踏む足音が、一定のリズムで近づいてくる。軽く顔を上げると、騎士が二人、無言のままテーブルを運んできている。


 ケイシーの正面へ、そのテーブルがぴたりと据えられる。さらに、今使っているテーブルと隙間なく繋げられ、白いクロスが一直線に並ぶ。

 二人用だった食卓が、細長い会食用の長机へ変わっていく。


 視線を庭園の入口へ戻すと、ちょうど二つの影が並んで入ってくるところだ。こちらへ進む足取りは対照的で、一人は無駄なく整い、もう一人は地面を押さえつけるように重い。


 細身の男が、ケイシーの向かい側で足を止め、一礼する。背筋は一直線、角度もぴたりと決まり、測ったように正確だ。


「突然失礼いたします。わたくし、パトリック・ボル・オーウェン。王国宰相を務めております」


 顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。なのに、机の上の書類に目を通すような、俺の何かを読んでいるみたいな気配。

 視線が触れるたび、勝手にページをめくられていく。まだ何も喋っていないのに、黙っている部分まで見透かされている、そんな気がする。


「我はリチャード・ボル・ロックウッド。騎士団総長である」


 隣の男が短く名乗る。宰相の横に立つその体は大きく、肩幅だけで空間を押し狭めるみたいな圧迫感がある。

 日に焼けた肌に無数の傷。訓練なのか、実戦なのか、体を張ってきた歴史が伺える。


 ――ミドルネームが“ボル”。伯爵位だったはずだ。


 国の頭脳と武の頂点。その二人が、わざわざここまで来る理由を考えかけて、やめる。考えたところで、ろくな結論にはならない。

 表情を崩さないようにしながら、口調だけ整える。


「夕凪です。お目にかかれて光栄です」


 宰相はケイシーの向かいへ腰を下ろし、総長もその隣へ続く。

 その直後、背後に控えていた侍従が一歩前に出て、皿を順に置いていく。白い器が等間隔に並び、さっきまでの空間が別物みたいに整えられていく。


 隣を見ると、ケイシーの背筋がさらに伸びている。肩の位置が固まり、手にしたスプーンがわずかに揺れて止まらない。

 一瞬だけ、視線がこちらに向く。言葉はない。ただ、縋るみたいに揺れている。

 席を外せと言われたほうがケイシーとしてはありがたいだろう。

 けれど、二人が何も言わないのなら、これから話す内容は聞かれても問題ないということだ。

 まあ、トップ二人が揃う席での話。穏便で済むとは思えないけれど……。


 宰相がナイフとフォークを器用に動かす。一定の間隔で肉を切り分け、その流れのまま口へ運ぶ。その合間を大切にするかのように会話を挟む。


「我々日中は、政務と軍務に追われておりまして。異世界から来られた方と、こうして落ち着いて話せるのは食事の時間くらいなのです」


 隣で総長が短く頷く。視線は皿に落ちたままだが、存在感だけは妙に濃い。


「無駄話をするつもりはない」


 刃が皿の上を滑り、切り分けた肉がそのまま口へ運ばれる。咀嚼の合間に次の一口の準備が進んでいて、まるで歯車みたいに動きが途切れない。

 優雅な食事というよりも、カロリーを摂取するための効率的な作業だ。


「ダニエル・ウッズとジェイミー・プラウズから報告を受けている。軍事的な助言をしたそうだな」

「正確に伝わっていないようですね。私は軍人ではございません。あくまで日常的な話をしたにすぎないのです」

「聞こえなかったのか。無駄話はしないと」


 鋭い視線がまっすぐ刺さる。だが手元は止まらず、肉を切り、運び、咀嚼する。その一連の動作が機械みたいに続く。


 ――怖っわ!! このオッサン眼光で射殺す気かよ。


「ロックウッドよ、そう怖がらせるでない。メイドが死にそうな顔をしているではないか」

「これは失礼、お嬢さん。我らに気にせず食事を続けてくれ」


 ――無理に決まってるだろ。


「それで、どのようなご用件でおいでになったのでしょうか」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ