第48話 穏やかな昼と二人の巨頭
昼下がりの光が、庭園の芝と花をやわらかく撫でている。視界の端で噴水がきらつき、水音が静かに続く。
ここは王族の庭園。
それを独占しているという優越感が心をくすぐる。
俺はサンクチュアリの上であぐらをかき、前に置いたトレイへ手を伸ばす。
すぐ横では、ケイシーが小さなテーブルにつき、白いクロスの上へ並べられた料理を口に運んでいる。
マットレスと椅子の高さがほぼ同じ。だから自然と目線が合う。
横を向けば、食事中の顔がそのまま視界に入るくらいの距離だ。いつもは見上げる側なのに、こうして並ぶと妙に落ち着かない。
ケイシーはテーブルの端の皿を軽く持ち上げ、こちらへ傾ける。エプロンの紐がひらりと揺れ、肩口で流れた髪がやわらかく動く。
「ユウナギさん、これ見てください、お野菜の切り方、すごく綺麗です」
示されたサラダの、均一に整えられた断面が光を拾う。まるで定規で測ったみたいに揃っていて、料理というより展示品だ。
「宮廷のお料理って、やっぱり違いますね」
「熟練の技だね」
次に彼女は、スプーンでスープをすくい上げる。前に落ちかけた髪を指先で押さえ、そのまま口元へ運ぶ。
触れた唇がわずかに動くのを見て、こっちまで味を想像してしまう。
「スープもおいしい」
城のコックが用意した料理だけあって、見た目も整っているし、完成度も高いんだろう。たぶん文句をつける余地はない。それでも、
「俺はケイシーの味付けのほうが好みだな」
「もちろんです。専属メイドですからね。期待していてください、すぐに宮廷料理をものにしてみせますから」と、ポンと自分の胸を叩く。
その仕草がやけに堂々としていて、どこか子どもっぽい強がりも混ざっているように見える。
「楽しみに待ってるよ」
――高級食材を用意できるほど、俺は甲斐性ないけどね。
内心で苦笑しながら、目の前の“完成品”と、その向こうにいる“これから”を見比べる。どっちを選ぶかなんて、考えるまでもない。スプーンを手にしたまま、少しだけ口元が緩む。
石畳を踏む足音が、一定のリズムで近づいてくる。軽く顔を上げると、騎士が二人、無言のままテーブルを運んできている。
ケイシーの正面へ、そのテーブルがぴたりと据えられる。さらに、今使っているテーブルと隙間なく繋げられ、白いクロスが一直線に並ぶ。
二人用だった食卓が、細長い会食用の長机へ変わっていく。
視線を庭園の入口へ戻すと、ちょうど二つの影が並んで入ってくるところだ。こちらへ進む足取りは対照的で、一人は無駄なく整い、もう一人は地面を押さえつけるように重い。
細身の男が、ケイシーの向かい側で足を止め、一礼する。背筋は一直線、角度もぴたりと決まり、測ったように正確だ。
「突然失礼いたします。わたくし、パトリック・ボル・オーウェン。王国宰相を務めております」
顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。なのに、机の上の書類に目を通すような、俺の何かを読んでいるみたいな気配。
視線が触れるたび、勝手にページをめくられていく。まだ何も喋っていないのに、黙っている部分まで見透かされている、そんな気がする。
「我はリチャード・ボル・ロックウッド。騎士団総長である」
隣の男が短く名乗る。宰相の横に立つその体は大きく、肩幅だけで空間を押し狭めるみたいな圧迫感がある。
日に焼けた肌に無数の傷。訓練なのか、実戦なのか、体を張ってきた歴史が伺える。
――ミドルネームが“ボル”。伯爵位だったはずだ。
国の頭脳と武の頂点。その二人が、わざわざここまで来る理由を考えかけて、やめる。考えたところで、ろくな結論にはならない。
表情を崩さないようにしながら、口調だけ整える。
「夕凪です。お目にかかれて光栄です」
宰相はケイシーの向かいへ腰を下ろし、総長もその隣へ続く。
その直後、背後に控えていた侍従が一歩前に出て、皿を順に置いていく。白い器が等間隔に並び、さっきまでの空間が別物みたいに整えられていく。
隣を見ると、ケイシーの背筋がさらに伸びている。肩の位置が固まり、手にしたスプーンがわずかに揺れて止まらない。
一瞬だけ、視線がこちらに向く。言葉はない。ただ、縋るみたいに揺れている。
席を外せと言われたほうがケイシーとしてはありがたいだろう。
けれど、二人が何も言わないのなら、これから話す内容は聞かれても問題ないということだ。
まあ、トップ二人が揃う席での話。穏便で済むとは思えないけれど……。
宰相がナイフとフォークを器用に動かす。一定の間隔で肉を切り分け、その流れのまま口へ運ぶ。その合間を大切にするかのように会話を挟む。
「我々日中は、政務と軍務に追われておりまして。異世界から来られた方と、こうして落ち着いて話せるのは食事の時間くらいなのです」
隣で総長が短く頷く。視線は皿に落ちたままだが、存在感だけは妙に濃い。
「無駄話をするつもりはない」
刃が皿の上を滑り、切り分けた肉がそのまま口へ運ばれる。咀嚼の合間に次の一口の準備が進んでいて、まるで歯車みたいに動きが途切れない。
優雅な食事というよりも、カロリーを摂取するための効率的な作業だ。
「ダニエル・ウッズとジェイミー・プラウズから報告を受けている。軍事的な助言をしたそうだな」
「正確に伝わっていないようですね。私は軍人ではございません。あくまで日常的な話をしたにすぎないのです」
「聞こえなかったのか。無駄話はしないと」
鋭い視線がまっすぐ刺さる。だが手元は止まらず、肉を切り、運び、咀嚼する。その一連の動作が機械みたいに続く。
――怖っわ!! このオッサン眼光で射殺す気かよ。
「ロックウッドよ、そう怖がらせるでない。メイドが死にそうな顔をしているではないか」
「これは失礼、お嬢さん。我らに気にせず食事を続けてくれ」
――無理に決まってるだろ。
「それで、どのようなご用件でおいでになったのでしょうか」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。
全112話 毎日投稿します。
最後まで楽しんでいただけたら幸いです。




