第47話 とっておきの一杯
ダニエルたちが去ると、広い庭園に静けさが戻る。
さっきまで張り詰めていた空気がほどけて、ただ整えられた空間だけが残る。
ここには俺とケイシーだけだ。
「きれい……」
小さくこぼれた声に視線を向けると、彼女は一歩前に出ている。
エプロンの後ろで結ばれたリボンが、ひらりと揺れる。その動きに合わせて、周囲の花の色がふっと引き立つ。
不思議な感覚だ。咲き乱れる花が主役のはずなのに、今は逆に、彼女を飾る額縁みたいに見える。
軽く跳ねると、栗色の髪がふわりと浮き、光を受けてやわらかく揺れる。そのまま、くるりと一回転。スカートが空気を含んで広がり、花の色と混ざり合う。
――花の妖精かな?
「領主様のお屋敷にもお庭はありました。けれど、ここまで手入れが行き届いている花壇はすごいです!」
振り返った彼女の目が、大きく光っている。無邪気、という言葉がそのまま形になったみたいだ。
「ユウナギさん、お花は好きですか?」
「詳しいわけじゃないけど、嫌いじゃない」
答えると、にこりと笑う。そのまま花壇の縁でしゃがみ込み、身体を傾けて花に顔を寄せる。
鼻先が花びらに触れそうなところで止まり、そっと息を吸い込む仕草が丁寧で、見ているこっちが意識してしまう。
――アイドルのイメージビデオだな。
「甘い香りがします。……あ。先ほどのお話、覚えていますか?」
「どの話?」
「お茶を入れる、という。今なら誰もいませんし、ゆっくりするのもいいかなと」
「そうだね……」
言いかけて、少し言葉が詰まる。喉の奥に何か引っかかるような感覚があって、うまく続かない。
「……いや、今は遠慮しておくよ」
「そうですか」
「どうやら思っていた以上に体は緊張していたみたいなんだ。
お茶を入れてもらっても喉を通る気がしない。
ダニエルには偉そうなことを言っておきながら、彼がいなくなったとたん弱音を吐く。
情けない話だね……」
ケイシーが、くすりと笑い、
「嬉しいです」
「嬉しい?」
「ユウナギさんは私にだけ弱音を吐いてくれます。それって信頼してくれている証ってことですよね」
心に柔らかな灯りがともるようだ。
「うん、そうだね」
「王様との謁見。私は顔を上げることもできませんでした。
でも、ユウナギさんは慌てているようには見えませんでした。
言葉を選びながらも、きちんと受け答えされていて。
だから、そばにいて不安にはならなかったんです」
ゆっくりとした口調で、ひとつひとつ確かめるように言葉を重ねる。
「あのような場で落ち着いて話せる方は、多くいないと思います。
ユウナギさんは、稀有なほうですよ。
ですから、無理に元気にならなくても大丈夫です。
今のままで、十分だと思います」
少しだけ視線を落とし、それからまたこちらを見る。
「私は、そのままのユウナギさんを選んで、ここにいるんですから」
そっと包み込む羽のような優しさに心が癒される。
「参ったな」
さっきまで喉の奥に引っかかっていた感覚が、いつの間にか消えていることに気づく。
「……どうしてかな。ケイシーの入れてくれたお茶が飲みたくなった」
「とっておきの一杯、入れますね」
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