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第35話 魔法と魔術

 体を拭き終えた騎士たちは、倒れた醜獣の周りに枯れ枝を運び始める。

 誰かが号令をかけたわけじゃない。流れ作業みたいに動きが揃う。

 訓練の賜物なんだろうな。


 そこに、リンダとケイシーも加わる。足元を気にしながら、枝を拾っては戻る。

 マシューは火打石を手の中で軽く鳴らす。カン、カン、と乾いた音が一定の間隔で響く。数度目の火花が火口に落ちた瞬間、細い煙がすっと立ち上る。

 ぱちぱちと弾ける音が重なり、炎は枝を舐めるように広がっていく。


「醜獣を放置すると土地が穢れます。ですから死体は焼き清めなければなりません」


 リンダの声が静かに届く。明らかに俺への説明だ。先ほどの責めが後を引いているのかもしれない。

 言い終えると胸の前で手を組み、そのまま目を伏せる。




 しばらくその様子を眺めている。

 炎が安定してくるにつれて手持ち無沙汰になり、ふと疑問が浮かぶ。


「魔法で火は出せないのかな? ファイアーボールとか、アイスランスとか」


 マシューの耳がぴくりと動く。


「おっ? 異世界人がまた不思議なこと言い始めたっす」

「いいね、それ、聞きたい聞きたい」と、ジェイミーが身を乗り出す。


 二人とも俺と同じく暇なのだろう。視線がまっすぐ刺さってくる。軽い尋問でも始まりそうな圧だ。


「杖とか指先から火の玉を飛ばすのがファイアーボール。氷の塊を飛ばすのがアイスランス」


 数秒の沈黙。

 やがてマシューが、呆れたように大きく息を吐く。


「森で火なんか飛ばしたら火事になるっすよ。炎と煙に巻かれて全員おしまい。そんなの自殺行為っすよ。異世界は危険がないって、どの口が言うっすか」


 ジェイミーも首をかしげたまま、腕を組む。


「氷の塊を飛ばすぐらいなら、手斧を投げた方が殺傷力あるでしょ、意味が分からない」

「そうっすよね」


 即座に同意が入るあたり、この世界の常識なんだろう。

 いや、現実的じゃないのは俺の方か。

 言われてみれば、なんで疑いもせず受け入れてたんだろう。ゲームや漫画で見慣れていたから。という理由しか思い浮かばない。

 考えても二人を納得させられる説明が思い浮かばない。


「……じゃあリンダが唱えていた呪文は何?」


 祈りを終えたリンダが顔を上げ、そのままこちらへ向き直る。


「私の使う魔法は、マクダウェル様のお力を拝借するものです。肉体と精神の保護と強化、傷の癒し、結界の設置などでございます。信徒となり修行を積めば、どなたでも扱えるようになります。ユウナギ様も入信なされては?」


 内容は至って真面目なんだけど、タイミングと流れが完全にそれだ。駅前でパンフレット渡してくるタイプのやつ。ここで曖昧に濁すと長引く。なので、答えは一択。


「丁重にお断りさせていただきます」

「あら、残念です」


 もっと粘るかと思ったけど、妙にあっさりしている。そこは線引きしてるのか、それとも、別のタイミングを狙ってるのか。考えかけたところで、横から声が割り込んだ。


「騎士の魔術は、触れている物にしか効果を発揮しない。剣の切れ味を鋭くしたり、盾を硬くしたり、相手の結界を壊したりな。ちなみに俺とジェイミーは使えないぞ」


 ダニエルが腕を組んだまま、さらっと言う。

 使えないのかよ、と思わずツッコミが喉まで出かかるけど、そのまま飲み込む。


「どうしたら魔法が使えるようになるんですか?」

「魔法じゃなくて魔術な」

「え、違うんですか?」

「呪文を唱えるのが魔法。いつの間にか身についてるのが魔術だ」


 雑だな。感覚でやってる人の説明って、だいたいこうなる。

 ちら、とリンダに視線を向ける。彼女は少しだけ困ったように笑っている。その笑み、肯定とも否定とも取れる、絶妙に濁したやつだ。


「リンダ、その説明であってますか?」

「おおむね正解かと」


 柔らかい返答。でも“おおむね”って便利な言葉だよな。正しいとも言ってないし、間違ってるとも言ってない。つまり、細かいところは違うってことだ。


 俺が疑いの視線を向けると、ダニエルは肩をすくめ、

「斬りたい斬りたい、って念じながら剣を振ってると、いつの間にか切れ味が増してるらしい。ホントだぞ」

「いい加減だなあ」

「腕立て伏せしてたら、いつの間にか力つくだろ。それと同じだ」


 ほら、筋が通ってるだろ、とでも言いたげな表情。

 ……いや、言いたいことは分かるけど、そこ雑に繋げていい話じゃないだろ。

 その顔を見ていると、理屈で押し返したくなる。


「筋肉を酷使すると損傷するんです。その傷が修復される過程で、筋肉が太く強くなる。だから力がつく」


 口に出しながら、少しだけ懐かしさを覚える。どこで仕入れた知識だったか、もう思い出せないけど。


「なんだと?」

「それホント?」


 ダニエルとジェイミーの声が重なる。


「専門家じゃないけど、異世界では常識。だから魔術を覚える理屈も、調べれば何かわかるんじゃない?」


 自分で言っておいて、少しだけ苦笑が漏れそうになる。

 身勝手な理屈を吐いているのは承知の上だ。医学の進歩がどれほど大変で、筋肉の構造を解明するのに何年費やしたかなんて俺は知らない。少なくとも、“分からないからそのまま”にしない姿勢は、向こうの世界では当たり前だったはずだ。


「なるほどな……騎士団戻ったら、腕立て伏せの回数を増やすよう提案してみるか」


 ダニエルの言葉が耳に入った瞬間、反射みたいに口が開く。


「回数を増やす、という発想自体は間違っていない。

 腕立て伏せで主に使うのは、胸や肩、腕の“押す動き”だ。

 同じ負荷、同じ動きを繰り返せば、その動きに関わる筋肉は強くなる。

 これは理屈だ。


 しかし強さというのは単純じゃない。

 剣を振る動作が“引く”“捻る”“踏み込む”なら、腕立てだけではそこは鍛えられない。

 つまり、腕立ての回数を倍にしても“腕立てに必要な力”が伸びるだけだ。

 剣や盾の扱いに必要な力と完全に一致しているとは限らない。


 効率の問題だ。

 同じ時間を使うなら、実際に使う動きに近い訓練をしたほうが成果は出やすい。

 腕立ては基礎体力づくりとして有効だ。

 けど、それだけに時間を割きすぎると、他の能力が伸びにくくなる。


 だから、回数を増やすのではなく、目的を分けるべきだ。

 基礎体力を上げる時間と、実戦動作を磨く時間を。

 量を増やすより、目的に合った負荷を選ぶ。

 それが一番無駄がない」


 言い切ったところで、ふっと息が抜ける。

 やりきった感はある。あるけど。

 ……静かだ。

 妙に静まり返っていることに気づいて、遅れて現実に引き戻される。

 やらかしたかもしれない、という感覚がじわっと広がる。

 昔からだ。

 こういう話になると、つい熱が入る。抑えようとしても、だいたい失敗する。

 視線を上げると、ジェイミーがぽつりと口を開いた。


「なあ、ユウナギ殿」

「はい?」

「専門家じゃないって嘘だろ」

「俺が嘘ついて誰が得するんですか」


 即答しながら、半分は自分でも苦笑している。

 説得力がないのは自覚しているけど、それ以上の肩書きは本当に持っていない。


 ふと、横に視線を流す。

 ケイシーがこっちを見ている。満面の笑み。しかも、やたらと誇らしげで、なんなら少し胸を張っているようにも見える。


 ――いや、なんで?


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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