第30話 調査隊、集合
朝の光が、広場の草をやわらかく照らしている。眩しすぎず、かといって陰る気配もない。いかにも“遠出日和”といった空だ。
サンクチュアリの上で軽く伸びをしながら空を見上げる。雲は薄い。風も穏やか。これで天気に文句をつけるやつは、性格がひねくれてる。
朝食はすでに済ませている。
ケイシーの手際の良さは目を見張るものがある。約束の時間前には準備済みだ。
「……あ、リンダさんが来ましたよ」
ケイシーの声に視線を落とすと、教会の横手から白い神官服がすっと現れる。正面玄関ではなく、あの位置なら裏手から回ってきた感じだろう。
「予定通りだね」
リンダはこちらへ歩み寄り、裾を軽く押さえながら一礼する。
「お二人とも、お待たせしました。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ。……荷物はそれだけ?」
背中にあるのは小ぶりなリュックひとつ。遠征は二十日間。さすがに軽すぎるだろう。
「必要な物資は」と、言いかけたところで、リンダが視線を横へ流す。
「あ、来ました」
つられて見ると、白服の男たちがぞろぞろと歩いてくる。蟻の行進のような綺麗な列だ。肩に担いでいるのは、見覚えのある麻袋。
「それじゃあ、引き出しに入れるよう伝えてくれるかな」
俺がそうお願いすると、リンダはすぐに頷き、
「皆さん、ベッドの下の引き出しへ、そのまま荷物を入れてくださいませ」
「はい」
男たちは戸惑う様子もなく、サンクチュアリの引き出しへと次々に麻袋を入れていく。むしろ、麻袋が消える瞬間を楽しんでいるようにも見える。
「凄い量だね」
視覚的な圧がある。積み上げたら、たぶんちょっとした壁になる。
「二十日間の遠征ですからね、このくらいは必要になります。ユウナギ様がいてくれて本当に助かります」
さらっと言うが、確かにこれは人が背負う量じゃない。分担したところで効率が悪すぎるし、移動速度も落ちる。
倍の報酬で司教が即決した理由が、今になって腑に落ちる。運搬コストを丸ごとカットできるなら、むしろ安いくらいか。
しばらくすると、運ばれた麻袋が全て消える。白服たちは一礼だけ残し、さっさと教会の方へ戻っていく。
空になった広場に、ほんの少しだけ静けさが戻る。
リンダが軽く手を合わせ、こちらへ向き直る。
「あとは護衛の方々が来れば出発できますね」
しばらく待つ。時間にして数分か、体感ではもう少し長い。
広場の空気がわずかに揺れた気がして、そちらへ視線を向ける。通りから鎧の擦れる音が近づいてくる。
ふと、領主邸に連行された記憶が甦り、無意識に拳に力が入る。
「みなさん、おはよう」
先に声をかけてきたのは男の騎士だ。全身鎧。兜の隙間から覗く顔は、削り出した岩みたいにごつい。というか、率直に言うとゴリラに似ている。
「遅れて申し訳ありません。準備に手間取りました」
続いて女の騎士。こちらも鎧姿で、長い赤髪を後ろで束ねている。顔立ちは整っているのに、なぜかメスゴリラ、という単語が頭に浮かぶ。失礼なのはわかってるが、消えてくれない。
リンダは、
「いえ、問題ありません」と、軽く返事をした後、こちらを向き、
「こちらが同行してくださる方々です」と俺に紹介する。
男の騎士が一歩前へ出る。圧の強い視線がまっすぐこちらに投げられる。
「貴殿が異世界人か」
そう言った直後。彼は拳を振りかぶり、ためらいなく結界を殴りつける。
甲高い金属音が弾ける。ガントレットの先から火花が散り、空気が一瞬だけ震える。
反射的に身がこわばる。
「破れぬか。生意気な」
ゲタゲタと、腹の底から笑う声が、やけに楽しそうに響く。
「王国騎士第三軍所属、ダニエル・ウッズだ。よろしくな」
「夕凪です、よろしく」
声は平静を保てている、はずだ。だが内側では、心臓がさっきから落ち着く気配を見せない。
とはいえ、いきなり攻撃してくるあたり、俺の情報はそれなりに共有されているらしい。少なくとも“壊れない結界”は知っている。
「同じく、ジェイミー・プラウズ。よろしくね。いきなりだけど、あなたは物資の運搬ができるそうね」
ダニエルと違って落ち着いている。けれど、観察されている感じが強い。
「可能な範囲で」
「なら、これお願いするわ」と、肩から革袋を下ろす。
ガシャリと音が地面に落ちる。袋の口から、剣の柄がいくつも覗いている。五本……いや、もう少しあるか。
「遠征中、刃を研ぐことができないから、これは予備よ」
「なるほど。では、開いている引き出しへ入れてください」
「ここへ?」
「そこへ」
軽いやり取りのあと、ジェイミーは迷いなく革袋を引き出しへ差し込む。すっと消えるように収まるのを見て、彼女は小さく息を吐いた。
「なるほどね、さすがは異世界人ってとこかな」
「面白そうだな、俺にもやらせろよ」
横からダニエルが身を乗り出してくる。完全に玩具を見つけた子どもだ。
「遊びじゃないんだから。すみません。コイツうるさくて」
「大丈夫です」
そう返しながら、二人を見比べる。
外見はどちらもゴリラ寄り。だが印象はだいぶ違う。ダニエルは猪突猛進タイプで、ジェイミーは一歩引いて全体を見るタイプだ。
粗暴さは、少なくとも彼女からは感じない。むしろ、扱いを間違えなければ、かなり頼れる気がする。
「おー、揃ってるね。遅れてごめんっす」
軽い調子の声と一緒に、ひとりの男が広場に入ってくる。革当てに、森に溶けそうな緑の服。動きやすそうで、足の運びも軽い。
――なんというか、バッタっぽい。
「いえ、間に合っています。こちらが同行者の皆さんです」
リンダが穏やかに紹介すると、男は気安く手を上げた。
「俺っちはマシュー。狩人ギルドから派遣されたっす。森の中なら俺っちの目と鼻が役に立つと思うっす」
乾いた感じの、少ししゃがれた声だ。長く酒でもやってるのかもしれない。
マシューが騎士たちの隣に立つと、対比がひどい。ダニエルとジェイミーが巨木なら、こっちは竹だ。風が吹いたらしなりそうな細さで、同じ前衛カテゴリとは思えない。
「夕凪です、よろしく」
「ダニエルだ。頼りにしてる」
「ジェイミーよ。道中、よろしくね」
三人はそのまま自然に握手を交わす。温度差はあるが、連携自体に問題はなさそうだ。
その様子を見ていると、隣でケイシーが少しだけ身を寄せ、小さな声で囁く。
「騎士のお二人は鬼族、マシューさんは狼族が入っているかもしれません」
言われて改めて見る。
騎士たちの兜には、小さな出っ張りがある。装飾かと思っていたが、中に角があるかもしれない。
マシューの頭には、小さな犬の耳がちょこんと覗いている。帽子で隠す気もないあたり、日常的なものなんだろう。人型の耳と合わせて四つ。音が拾いやすいのかもしれない。
「混血が普通なので、自己紹介で種族を言うことはほとんどありません。でも、ユウナギさんは気になるかなって」
俺が騎士たちを眺めていた理由を、別方向に解釈してくれたらしい。その気配りが暖かい。
「教えてくれてありがとう」
そう返すと、ケイシーは柔らかく笑う。その笑顔は朝の光にも負けてない。
「マシュー殿、荷物はそこの引き出しへ入れるんだ。代わりに俺がやってもいいぞ」
ダニエルがぐいっと手を伸ばす。さっきから、あの引き出しに対する興味が隠せていない。
「……? じゃあお願いするっす」
マシューは紐で括られた矢の束を二つ差し出す。ダニエルはそれを受け取り、楽しそうに口元を歪めながら引き出しへ流す。
「おお、これは面白いな」
「なるほど、それがやりたくて俺っちから荷物を奪ったんすね」
「人聞きが悪いな。手伝ったと言ってくれ」
軽口の応酬。場の空気は悪くない。
そのやり取りを横目に、リンダが小さく息をつく。呆れ顔だが、止める気はなさそうだ。
「他に荷物は……」と、ダニエルが周囲を見回す。視線が止まった先は、ケイシーの足元にあるレザートランク。
「それ荷物だろ、入れないのか?」
「いいえ。これは持っていきますので大丈夫です」と、スンとすまし顔で答える。
「は? お嬢ちゃんは見送りだろ?」
「私はユウナギさんの専属メイドですから、どこへでもお供します」
その一言で、空気がわずかに変わる。
ダニエルの眉がぐっと寄る。さっきまでの軽さが消え、職務モードに切り替わるのがはっきり分かる。
「話が違うぞ。我らはリンダ殿の護衛として派遣されている。一人の護衛に従者二人、それが常識だ。もう一人増えれば手が回らん」
「俺っちは守ってくれないっすね」
「あたりまえだ。マシュー殿は自衛できるだろうに」
そのやり取りの中で、ケイシーは一歩も引かない。むしろ、涼しげな顔のまま口を開く。
「あの、私は守っていただかなくて結構です。ユウナギさんのベッドに隠れていますので」「話が見えん。どうなっている、リンダ殿」
ダニエルが低く問う。警戒と苛立ちが混ざった声だ。
だが当のリンダは、まったく慌てた様子がない。いつもの柔らかな微笑みを崩さず、こちらへ視線を向ける。
「まあまあ。見ていただければ分かります。ユウナギ様、お願いいたします」
「はい」
声を潜め、
「二段ベッドを出してくれ」と、小さく呟く。
「りょ」とサリーの返事。
次の瞬間、すっと光が遮られ、影が落ちる。さっきまでの朝の明るさが、一段だけトーンを下げたみたいに鈍る。
「なんとっ!? 二階建てベッド……、いや、小屋か?」
ダニエルの驚きが、素直すぎてちょっと面白い。
先日、ケイシーに安全な旅を提供するにはどうすればいいか、サリーと詰めた。その結果がこれだ。
二階建てベッドの上にも天蓋が付けられると知り、だったら囲えばいいという発想に至る。
デザインは調整できるので、強固な板張りにした。鉄で覆う案もあったが、さすがに浮く。ここは世界観との整合性を優先した形だ。
俺の視界に見えているのは、支柱と、その脇に伸びる梯子だけ。中がどうなっているかは、上がった人間しか分からない。
「私とケイシーさんは二階に上り、運んでいただくつもりなのです。ですから、ダニエルさんたちは護衛というよりも、獣を狩る役目とお考えください」
ダニエルは頭を押さえたまま、しばらく二段ベッド、いや、小屋から目を離さない。理解が追いついていない顔だ。
「なんと非常識な。これが異世界人だとでも言うのか」と、低く唸る。
「さぁ……私はユウナギ様しか存じませんので、常識かと問われましても……」と、リンダがチラリと俺を見る。
――遠回しに非常識だと言っていないか?
数秒の沈黙。
そしてダニエルは、重い空気を吹き飛ばすように、大きく笑う。
「これは失敬。護衛対象が減るならありがたい話だ。無駄に騒いでしまったな」
「ふぅ」と、軽くリンダが息を吐く。
「ユウナギ殿、あとどのくらい積める?」
「正直、俺にも分からないんです。入らなくなったら限界ですね」
俺はサンクチュアリの性能を完全に把握しているわけじゃない。サリーに聞いたところで、どうせ、
「ケースバイケースだねマスター」とか言われて終わる。
「ふむ……ならば武器屋に寄ってくれ。予備の武具を運んでほしい」
「剣について詳しくないんだけど、そんなに予備が必要なほど、刃は痛むものなのか?」
「砥石を持っていく手もあるんだが、俺たちは不器用でな、下手をすれば刃を潰しかねん」
なるほど。見た目通りだな。丸太のような太い腕で、繊細な作業をしている姿は想像しづらい。
「余裕あるなら矢を追加して欲しいっす」と、マシューが手を振る。
「こっちは逆に、あれだけで足りるのかと思っていた」
彼は俺を見るとニヤリと笑い、
「依頼では、戦闘は別の人がやるって話なんっすよ。だから俺っちの矢はオマケってこと」
「なるほど」
「それでは武器屋へ参りましょう」
リンダがすっと歩き出す。
それに合わせて、俺たちも動き出す。
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