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第29話 逃げ道

「では、騎士が到着してから出発ということで」


 司教は視線を広場へ巡らせる。

 人の出入りや建物の位置を確認するような、実務的な目だ。


「それまでの間、こちらの広場はご自由にお使いください。厨房や寝所など、利用したい場合はリンダに声をかけてください。それでは」


 一礼のあと、司教は教会の方へ戻っていく。白い衣が揺れ、やがて建物の影に入り見えなくなる。


「ユウナギさん、昼食を作ります。食材を出してください」

「はいはい」


 謎空間にしまってある食材を、いくつか取り出し、結界越しに手渡す。

 ケイシーはそれを両手で抱え込むように受け取る。


「案内しますね」と、リンダが声をかける。交渉が成功した喜びかもしれない。少し声が弾んでいる。

「ありがとうございます」


 二人は並んで歩き出す。足並みは自然に揃い、白い壁へ向かう背中が少しずつ小さくなる。

 静けさが戻る。

 どうやら昼飯は、ちゃんとしたものが食べられそうだ。



「なあサリー、俺の判断は間違えてなかっただろうか」

「生まれたことに?」

「俺の母に謝れ」

「質問を明確にしないとスーパーAIのサリーでもイミフだぞ」


 小さく息を落とす。胸の奥に引っかかっているものが、言葉になりきらずに沈んでいく。


「ケイシーを巻き込むつもりはなかったし、教会の依頼は断りたかった」

「今更後悔とかマジありえない」

「愚痴ぐらい聞いてくれよ」

「逃げる気? マスター」

「俺が? 逃げる? この鳥籠から! どこへ!!」


 無意識に声が強くなる。自分でもわかるくらいに、余計な力が入っている。


「責任からだよ」

「どれの!」

「お金ない、働けないって並べて“はいどーぞ選んでね~”ってやったじゃん。そのムーブで“選択権あげました”は、さすがに盛りすぎじゃない?」

「それがどうした」

「いやだってさ、自分を選んでくれるかもってちょい期待してるやつの出し方じゃん? しかも選ばれたら“本人が決めたことなんで責任そっちで~”って逃げ道も用意済みとか、手際よすぎて笑うんだけど」

「……は?」


 胸を殴られたみたいに息が詰まる。思考が一瞬、真っ白になる。


「違う、俺は――」

「違わんて。拒絶じゃなくて“選択”にした時点で、ケイシーに結果ポイ投げしたじゃん」

「俺は強制していない」

「うんうん、そこは偉い。でもさ“強制してない”と“誘導してない”は別ゲーだからね? そのへん分かっててやってるでしょ」

「誘導だと?」

「追い払う気ならもっと雑でよくない? “帰れ”でも“嫌いだ”でもいいじゃん」

「意図してなかった……」

「“ワンチャン来る?”って思ってたからでしょ」


 喉の奥で言葉が引っかかる。否定の形を取ろうとして、うまく出てこない。


「はい沈黙きました~。切る気ならその場で終了できたのに、それやらなかったの誰の都合?」

「……彼女の意思だ。俺が決めたことじゃない」

「その言い方マジ便利だよね~。“私は関係ありません”って顔できるやつ。でも実際は、自分で選ばないようにしてるだけじゃん」

「他人の人生を背負うことはできない」

「それはマジでそう。でもさ、背負わないって決めてる人が、なんで入口だけ開けてんの? 優しさのつもり? それとも未練?」

「彼女の人生は彼女が決めるべきだ。たとえお前に卑怯者と罵られても構わない」

「へーっ。じゃあケイシーが一緒にいたいってお願いしてきたら?」

「好きにすればいい」

「もし離れていったら?」

「……構わない」

「それってさ、実質“手放したくない”と同義なんだよね~」


 喉の奥で息が止まる。言葉にされると、逃げ場がなくなる。


「マスター、逃げてもいいよ。ここにケイシーはいないんだから」


 視線が自然と教会の方へ向く。

 白い壁の向こう、さっき二人が消えていった入口が、やけに遠く感じる。


 もし今、ここから離れたらどうなる。

 彼女は追いかけてくるのか、それとも何も言わずに屋敷へ戻るのか。

 いや、それを考えている時点で、また同じことを繰り返している気がする。


 選ばせる形にして、自分は選ばない。


 ――ああこれは“迷うな、答えを出せ”というサリーなりの励ましなのか。


 恋愛感情とか、そういう話はひとまず横に置く。

 それでも、俺はケイシーと一緒にいたいと思っている。

 けど、それはただのエゴだ。

 相手の人生に乗っかる理由にはならない。


 “飼い主”に従うのが鳥籠の中の俺に残された選択。


「後悔するかもしれないけど、俺は逃げないよ」

「メンドクサイマスターだなあ。でも、後悔を抱えつつ、それでも先に進もうとするマスターは素敵よ」

「AIの誉め言葉は信用してない」

「だよね~、ちょっとシリアスっぽく話してみた!」


 声が急に明るくなる。さっきまでの空気が嘘みたいに軽い。


「背中が痒くてマジツライ。サリーに背中はないけどね」

「台無しだな!!」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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