第28話 醜獣調査隊
高齢の男性を立たせたまま話をする気にはなれない。なので、近くのベンチを手で示しながら座るよう勧める。
司教は一瞬だけ遠慮する素振りを見せたが、すぐに小さく頷き、ゆっくりと腰を下ろす。その動作は丁寧で、年齢相応の慎重さがにじむ。
リンダはその斜め後ろへ回り、すっと立つ。護衛というより、従者としての位置取りだ。
「リンダが森に入ったのは、醜獣の調査のためなのです」
「醜獣?」
聞き慣れない単語に、思わず眉が寄る。
「狂暴になった獣です。被害を抑えるため、狩人ギルドには国から討伐依頼が出されています。ですが。駆除しても減る様子がありません。常に後手に回っているのが現状です」
淡々とした説明だが、内容は穏やかじゃない。減らない害獣。しかも狂暴化済み。厄介どころの話じゃないな。
「国難なら、軍隊を派遣して駆除すればいいんじゃないですか?」
司教は小さく首を振る。
「兵站の問題です。深い森を、数十日も進軍するには、大量の食糧を携帯しなければなりません。目的地が判明すれば、そこへ向けて道を開拓し、馬車で物資を輸送することができます」
ああ、なるほど。言われてみれば当然だ。森の中に補給線を引けない状態で軍を動かすのは、自殺行為に近い。
説明の途中で、司教の視線がわずかに動く。自然な流れで、リンダの方へ。
「その目的地を探すのが、リンダの役目だったのです」
調査隊。要するにそういうことか。
役割としては理解できるが、実行方法はずいぶんと雑に見える。
間抜けな話だ。少人数で森に入らせたせいで、彼女は暴漢に襲われる羽目になった。
その責任は目の前の司教にもあるだろう。
結果論と言われればそれまでだが、リスク管理が甘いと言われても仕方がない。
もっとも、教会の内情に俺が口を出す筋合いはないので、その評価は喉の奥で止めておく。
「そこで、ユウナギ殿には、調査隊の資材を運搬していただきたいのです」
「また傭兵ギルドに護衛を頼むつもりですか?」
司教は間を置かずに首を横に振る。
「前回のような失敗は二度と致しません。王国騎士を二名、派遣して頂く手筈になっております」
こちらの懸念は、最初から想定済みらしい。表情も声も穏やかなままだが、その一点だけははっきりと強い。
「片道十日。往復で二十日の長期遠征です。どうか、お願いできないでしょうか」
雑に長い。
小学校のとき、一泊二日のキャンプに参加したことがある。
重い荷物を背負って山道を歩き、帰りには足が棒みたいになった。思い出すのも辛い記憶だ。
それが二十日間。しかも森の中で、見たこともない獣を相手にしながら。割に合わない、なんてレベルじゃない。
――よし、断ろう。
そのとき、横でケイシーの手がすっと上がる。控えめな動きだが迷いがない。
「ユウナギさん」
「ん?」
「私も、お話に加わっていいですか?」
「俺はかまわない」
ケイシーは司教に視線を移すと、
「私はユウナギさんの専属メイドです」
――もうその設定で押し通す気なのね。
「ユウナギさんは異世界人ですから、こちらの相場をご存じありません。ですので、報酬の交渉は私が代理で務めようと思います。よろしいでしょうか」
――引き受けるとは言ってないけどね。
司教はわずかに目を見開いたあと、すぐに表情を整える。驚きは一瞬で消え、いつもの穏やかな顔に戻る。
「ユウナギ殿が了承されるのであれば断る理由はありません」
視線がこちらへ来る。静かだが、判断を委ねる重みがある。
――頷くしかないだろ。
小さく首を縦に動かし、了承の意を伝える。
ケイシーがわずかに息を吸い、声の調子を整える。
「傭兵ギルドに依頼した場合、一人一日、銀貨五枚ほどですよね」
「その通りです」
「ですがユウナギさんは、代役の立てられない資材運搬を請け負うことになります。ですので報酬は、その倍。金貨一枚を要求します」
――倍か。ふっかけるな。
「それに、今回はギルドが仲介するわけではありません。つまり、確実に支払われる保証がありません。ですので、報酬は先払いでお願いします」
――支払いの心配まで。なかなかの交渉上手じゃないか。
「なるほど」と、司教が頷く。
「それと、遠征中の食糧および消耗品は、そちらでご用意ください」
「その条件で問題ありません」
即答だった。しかも、声も表情も一切揺れない。反応が軽すぎる。
――これは、もっとふっかけて良かったやつだ。
交渉を任せた以上、ここで口を出すのは筋が悪い。
ケイシーがこちらを振り返る。ほんの少し顎を上げ、目だけで“どうです”と語ってくる。やり切った顔だ。
自分の存在価値をアピールしないと置き去りにされるとでも思ったのかもしれない。
――ヤレヤレ……可愛いやつ。
思わず口元が緩みそうになるのを抑える。
ともかく、依頼を断れるような雰囲気ではない。
ケイシーが頑張って交渉した。それなのに、無下にするような行為は心が痛む。
それに、必要経費は全て相手持ち、それと報酬。無職の俺たちには、魅力的な提案だ。
ハイリスクハイリターン。普段の俺なら絶対に手を出さない条件。けれど、身元保証人の紙。あれの存在がデカい。
受けたくはない。けれど、トータルで考えるとアリ寄りなのは確かだ。
俺がまだ思考を巡らせている中、司教は軽く手を打つ。乾いた音が広場に小さく響く。
「では、騎士が到着してから出発ということで」
やられた。悩んでいる気配を感じて締めてしまう。さすがは司教といったところか。
――遠征か、嫌だなあ……。
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