第27話 司教の相談
通りの向こうに動きがある。
白い服の集団が、こちらへ向かってくる。五人ほど。肩に大きな麻袋を担ぎ、足取りは重い。
近づくにつれて窮屈な息遣いがはっきりしてくる。肩が上下し、歩幅も揃っていない。見ているだけで、じわりと疲労が伝わってくる。
「ふぅ……っ」
「はぁ……」
――あれは、お礼の食材か?
タイミング的に、それしかない。理解した瞬間、運ばせているのは自分だ、という認識が遅れてやってくる。ほんの少しだけ居心地が悪い。
先頭の男がサンクチュアリの前で足を止める。肩から麻袋を下ろすと、どさりと鈍い音が落ちる。
「ユウナギ殿ですね。リンダを助けて頂き、ありがとうございました。こちらは、お礼の品です。どうぞ遠慮なく受け取ってください」
とても丁寧な口調だし、やらされている感はない。
袋の口が開かれ中身が見える。
野菜や干した肉。それに小さな壺や瓶もいくつか入っている。保存を意識した組み合わせだ。
しかし量が多い。思っていたより、ずっと。
二人で消費するなら、十日は持つかもしれない。
人の命に値段はつけられないが、命の恩人という枠で考えれば、過剰とも言い切れないラインだ。
「ありがとうございます」と、頭を下げつつ礼を言う。
男たちは小さく頷くだけで、余計な言葉を足さない。そのまま踵を返し静かに去っていく。
そして、入れ替わるように、教会の方から二人の姿が現れる。
リンダと、その隣に初老の男。柔らかな法衣をまとい、歩き方に無理がない。視線も落ち着いていて、場の空気を乱さない類の人間だと直感する。
「こちらはトンプソン司教です」と、リンダが一歩前に出て、
「ユウナギ様の身元保証人を引き受けてくださいました。こちらが証書になります」
――そうだ、これを取りに行って別れたんだ。
時間の空白が、ようやく埋まる感覚だ。
差し出された羊皮紙を、ケイシーが両手で受け取る。
「マクダウェル教の教会がある町であれば、この証書を見せることで入ることができます」
「こちらの世界に頼れる人がいませんので、とても助かります」
俺はもう一度、深く頭を下げる。
移動の自由度が一段階上がる。そう考えると、この紙一枚の価値は軽くない。食材は貰いすぎではないか、そう思えるくらいだ。
司教はゆっくりと頷く。穏やかな視線が、こちらに向けられる。
「リンダを助けて頂いたお礼としては些か不足しておりますが。食材の提供が良いという申し出。断る理由はございません」
柔らかい声。威厳を押し付けるような人柄には見えない。説法をするのに慣れている、そんな印象だ。
彼の視線が、足元の麻袋へと落ちる。
「ところで、その食材は、どのように運ばれるのでしょうか」
説明を考えるより早く、横から声が差し込まれる。
「ユウナギさん、引き出しに入れればいいですか?」
ケイシーが、すでに一歩踏み出している。気が利くというレベルではない。他人の所作に常に気を配っている職人気質。プロメイドならではの気配りに感嘆する。
「お願い」と、頷いた瞬間、サンクチュアリの引き出しが静かに開く。
こちらも、空気を読む力は負けていないと言わんばかりの動きの速さ。
ケイシーが麻袋を一つ持ち上げる。小柄な体で、思ったより軽く扱っている。体の使い方が上手いのか、単純に力があるのか。どちらにせよ、見た目とのギャップがある。
そのまま、流すように引き出しへ落とす。
次の瞬間、袋が消える。
もう一つ。さらにもう一つ。運び込まれた麻袋は、手際よく処理される。
気づけば広場には何も残っていない。
「これは……、実に興味深い。リンダの話していた通りですね」
さっきの知らないふり。知っていて、あえて実践させたな。単純に見たかったのが理由なのか。それとも別の意図が……。
「不躾で申し訳ないのですが、ユウナギ殿に折り入って相談がございます」
「お断りします」
「えっ?!」
即答すると、司教だけでなくリンダも目を見開く。わかりやすい反応だが、こちらとしては想定内だ。
「食材で貸し借りはなし、そう決めたはずです。その直後に相談? 嫌な予感しかしません。私の世界には“君子危うきに近寄らず”という言葉があります。自ら危険な場所や、災いを招く状況に近づくべきではない――という教えです」
――本音は、宗教関係者に近寄りたくない、だがな!
理屈は通しておく。感情だけで断ると、余計に食い下がられる。
司教とリンダが顔を見合わせる。短い沈黙。どう出るかを測っているのがわかる。
俺は腕を組んだまま、その行方を待つ。急ぐ理由はないし、主導権は手放さないほうがいい。
しかし、空気を崩したのは、横から差し込まれた声。
「ユウナギさん、話だけでも聞いてみては?」
――この子は地雷原を平気な顔して歩くよな!
「聞く理由が俺にはない。けれど、ケイシーにあるのなら、それを先に聞こうか」
「困っている人は放ってはおけないじゃ、ダメですか?」
俺はわざとらしく、大きく息を吐く。
しまった。この子は俺を助けるために、仕事を辞めるような価値観の持ち主だ。
「教会には大勢の信者がいるだろう。その誰もが対処できない相談事だぞ。厄介に決まっている。だから聞きたくないんだ」
「だったらなおさら聞かないと。ユウナギさんにしか解決できない問題。聞きたくないですか?」
好奇心が輝く目から溢れ出ている。もしかすると、外の世界に憧れているのは俺じゃなくて彼女のほうかもしれない。
仕方ない、彼女の好奇心に水をやるくらいはしてあげよう。
「仕方ない、話を聞くだけだ。受けるかは別だからな」
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