第26話 専属メイド
ケイシーが少し前を歩いていく。
背筋を伸ばしたままの歩き方は、張り切っているのに落ち着いている。
歩くたびに、白いエプロンのリボンがふわりと揺れる。その揺れが、一定のリズムで視線をさらう。
彼女がふと歩みを緩める。スカートの裾が、揺れを残したままゆっくりと落ち着いていく。
そして彼女は静かに振り返る。胸の横から腕をすっと持ち上げ、丁寧に建物の方向を示す。
「ここがマクダウェル教です」
落ち着いた声なのに、どこか張り切った気配がにじんでいる。案内役としての責任感なのかもしれないが、新人バスガイドみたいで微笑ましい。
教会か……、元の世界では写真で見た程度だ。
簡素な白い建物。見た目の印象は、思ったより差がない。文化が違っても、こういう“形”は収束するのかもしれない。
この世界に来てから初めて、観光らしい感覚が浮かんでくる。
――旅はこうあるべきだよなあ。
視線を上げると、正面の壁に紋章が掲げられている。
円を描くように手が重なっているが、その形は揃っていない。指の数も長さもばらばらで、爪が伸びたものや、鱗に覆われたものまで混ざっている。
「あの紋章は、種族の違いを越えて一つに結ばれる、という意味らしいですよ」
俺の視線を読んで、そう説明してくれる。
なるほど、見た目の雑多さをそのまま象徴にしているのは、わりと合理的だ。
ケイシーに軽く促されるまま、建物の横へ回る。
広場だ。短く刈られた草が地面を覆い、木のベンチがいくつか置かれている。
通りの方からは人の気配がうっすら届く程度。切り取られたみたいに静かな空間だ。
「案内ありがとう」
「いいえ。当然のことをしているだけです」
「なあケイシー、考え直さないか?」
「ません」
即答だ。柔らかく笑っているのに、言葉だけが固い。
「メイド辞めたんだろ? お金だってそんなに無いはずだ。これからどうやって生活していくんだよ」
「ユウナギ様の行く所で働きます。仕事なんて、探せばどうにでもなります」
「領主は金持ちだから俺を飼っていたんだ。けど君は違う。この世界じゃ、生きるだけで精一杯のはずだ」
「でも、飼い主がいないとユウナギ様は死んでしまいます。あなたは野鳥じゃありません。鳥籠の中の異世界人ですから。それに、役に立てるのに何もしないのは嫌なんです」
頭の中で、彼女に当てはまる言葉を並べてみる。
慈愛、献身、責任感。どれもしっくり来ない。
いや、どれも当てはまる気もするが、それだけじゃ足りない。
この子は、俺を見捨てるという選択肢を持っていないのか?
助けられる命が目の前にあるなら、手を伸ばす。
それ以上でも、それ以下でもない。
野良猫を拾うとき、人は理由を精査しない。それと同じ構造か?
――仕方ない、親の力を借りるか。
「仕事を勝手に辞めたりしたら、ご両親が悲しむよ」
「メイドの仕事を選んだのは、私がやりたかったからです。両親も私の好きにしていいと言ってくれました。それにメイドを辞めたわけじゃありません、ユウナギさんの専属メイドになったんです」
「会えなくなると悲しむと思うな」
「家を出てから二年ほど経ちますけれど、顔を見せに帰っておいでと一度も言われないくらい、放任主義な両親ですよ」
――それでいいのか! ご両親!!
「俺はここから出られない」
指先で結界を軽く叩くと、乾いた音が返ってくる。
「だから宿にも泊まれないんだ。ケイシーはずっと野宿でもするつもりか?」
「問題ありません」
「いや、俺が困るんだが……」
額に手を当て軽く息を吐く。
視界の端で、彼女は相変わらず穏やかに立っている。
押しても引いても動かない、そんな質量だけがそこにあるようで。どう崩すか、見当がつかない。
「おやおやぁ? どこからか困ってるマスターの香ばしい匂いがするぞぉ~っ」
また面倒なやつが割り込んできた。間の悪さにかけては天才だ。
「どうしたサリー」
「【異世界人のお披露目】で、今にも逝きそうな老婆が呪いの言葉を唱えてたじゃん」
「失礼だな。高齢ガールと呼べ」
「そっちのほうが悪意あるじゃん」
「あれか、サンクチュアリの階位が上がったとか、そんな話だろ」
「ちょっ、出鼻くじくのヤメテ!」
「ケイシーと大切な話をしてるんだ、手短に」
テロレロレロリン♪
軽快な音が鳴る。場違いにもほどがあるが、もう慣れた。
「二段ベッド、解っ放っ!!」と、必殺技でも繰り出すような勢いある声。
「え?」
「さらに朗報! 二階部分は結界の外なので、こちらの世界の住人が利用することができちゃうスグレモノ!」
「マジか」
「天蓋と同じく、オンオフできるし! 凄いっしょ」
「都合が良すぎないか?」
「あったりまえじゃん。サンクチュアリの愛情がこもってるんだもん」
「だもん、って……」
結界の外に“居場所”ができる。しかも任意で出し入れ可能。
状況を整理すると、さっきまでの問題が一気に形を変えてくる。
「ユウナギ様? 誰と話しているんですか?」
ケイシーが、少し身を乗り出すようにこちらを見ている。表情は穏やかだが、視線はまっすぐだ。誤魔化せる感じじゃない。
「実は、もう一人いるんだ」
「えっ?」
「サリーって言うんだけど、声だけで体がない」
言い終えた瞬間、空気がわずかに止まる。
ケイシーの動きが固まり、目だけが小さく揺れる。理解の糸口を探している顔だ。
「幽霊、ですか?」
「似たようなものかな。口は悪いけど悪さをするやつじゃない」
「口が悪いとかマジありえない。サリーに口はないけどね」
数秒、沈黙が落ちる。遠くの通りの気配だけが、かすかに耳に触れる。
やがて、ケイシーはこくりと頷いた。
「わかりました」
信じたのか、流したのか。判断はつかない。ただ、それ以上踏み込んでこないのは助かる。
それはさておき、ケイシーの“寝床”問題については解決してしまった。
両親の存在も手を貸してくれない。
辞めた領主邸に戻れというのも酷な話だ。居心地が悪くなるだろう。
となると無職か……路頭に迷わせることになるな。
しかし、それは同行を許しても同じだ。
断る理由が底をついた。
なら、メリット、デメリットを天秤にかける。
連れて行くメリットは……。
俺は教会の場所すら知らない。紋章の意味も、この世界の常識も、何一つ。
買い物すらままならない。
ケイシーは、お使いに出ることもあると言っていた。だから社交性もある。
料理の腕も確かだ。食事の用意を任せられるのはポイント高い。
こう考えると、いないと困るレベルだ。
じゃあ、連れて行くデメリットは……。
ない。
強いてあげるなら、俺の良心が少し痛むくらいだ。
幼気な少女を連れて歩く。現代人の倫理観が警笛を鳴らすレベル。
けれど、この世界では、彼女は立派な成人女性。子ども扱いするほうが失礼なのも事実。
ふと、ケイシーの言動を思い出す。
そういえば、なぜリンダから食材をもらうと言い出したんだ?
俺は料理なんてできないのに……。
まさか、それが狙い?
視線を彼女に向ける。
そこには美少女特有の無言の圧。その表情の奥に裏があるのではないかと、背筋が軽くゾワリとする。
もし仮説が正解ならば、彼女は思いつきで行動したのではない。思考を巡らせて俺についてこようとした。そこには明確な意思がある。
――俺の負けだ。
「もういい。好きにしろ」
「やった!」と、ぴょんと軽く跳ねる。
「それと、俺はもうお客様じゃない。だから、もう少し砕けた話し方でいい」
「わかりました」と一度言ってから、ほんのわずかに間を置いて、
「……でも、今までも普通の話し方なんですよ」
声の硬さが抜けて、輪郭が柔らかくなる。小さく笑みも乗るが、どこかぎこちない。けれど、距離が縮まる。ほんの少しだが、確かに。
「これからよろしくね、ユウナギさん」
「こちらこそよろしく、新しい飼い主さん」
ここまで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。
全112話 毎日投稿します。
最後まで楽しんでいただけたら幸いです。




