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第20話 感謝ポイント

 メイドたちが並べた全ての桶が、ぬるま湯で満たされる。


「ユウナギ様、お湯を頂きありがとうございます」と、メイドたちが声を揃え、丁寧に頭を下げる。

 そして、それぞれの持ち場へ散っていく。

 ほんの少し手を貸しただけ。それでも、あんなに嬉しそうな顔を見せられると、やってよかったな、と思う。




 メイドたちが掃除を終え、ひとり、またひとりとダンスホールから去っていく。

 控えめな囁き声が扉の向こうへ吸い込まれていく。そのたびに空間の密度が薄くなるように感じる。

 やがて音が途切れた。広い空間に残るのは、磨かれた石床と朝の光だけ。


 その静けさを、場違いな音がぶち壊す。

 ピンポンパンポーン♪

 どこぞのデパートで聞いたことがある軽薄な音が、無遠慮に鳴り響く。


「業務連絡、業務連絡」

「はいはい、こちらマスター。どうしましたか?」

「純真無垢なメイドたちをたぶらかし、感謝の祈りを強要した結果、サンクチュアリの階位がアップしましたぁ~」

「言い方よ!!」


 テテテ~、テ~レ~、テッテテ~♪

 続けざまに鳴る効果音が、完全にゲームのそれだ。


「聞く? 聞いちゃう? 追加要素」

「俺がレベルアップするわけじゃないし、別にって感じ」

「ソダネ、天蓋がつくだけだしぃ~」

「ん? 天蓋だとっ……、あのお姫様ベッドみたいな? 白やピンクのレースで、ふわふわゴテゴテの? 妙に甘ったるい装飾?」

「イメージが貧困すぎぃ」

「却下だ! 恥ずかしくてつけられるかよ」

「そんなマスターに耳寄り情報」

「なんだよ」

「セミDIYって知ってる?」

「DIYなら知ってる。自分で家具を作るやつだろ」

「そうそう。DIYってさ、実際やると下地とか工具とかマジしんどくて、途中でムリ~ってなる子めっちゃ多いじゃん? だから『下地だけプロにお願いして、仕上げは自分でやるのが一番よくね?』って流れが完全にキてるわけ。

 しかもプロ側も、全部やるより部分的に頼まれる方がサクッと終わって助かるらしくて、職人さん不足の今はむしろ『ありがと~!』って感じらしいよ」

「へぇ~っ。それが何?」

「マスターは素人。サリーがプロってワケ」

「なるほど、俺は仕上げだけすればいいってことか」

「正解! 天蓋のイメージを教えてくれたらサリーが作っちゃうよ」

「イメージねえ……」

「いつでも修正できるし、脱着可能だから、とりま試してみ」

「派手なのは趣味じゃないし、ヨーロッパ風なのはありきたり……。ロールスクリーンなんていいんじゃないかな」


 口に出してみると、意外としっくりくる。布を垂らすだけじゃなく、必要なときだけ降ろせる。視線も遮れるし、実用性もある。


「意識高い系かよ。インテリア業界なめんなし」

「うるさいな、早く出せ」


 さて、どんなものが出てくるのか。少しだけ、楽しみになっている自分がいる。


 パッと、一瞬。視界の中に、何もなかったはずの構造物が滑り込んでくる。

 唐突なのにも慣れた。

 ベッドの四隅に木製の支柱が立っている。同じ木目、落ち着いたダークブラウン。角はきちんと落とされている。

 手を伸ばして触れると、わずかに丸みを帯びた感触が指に馴染む。見た目どおり、無駄に上質だ。


 ――こいつ、完全に好みを読んでるな。


「天井、板張りじゃないんだな。板の隙間からシャンデリアが見えるぞ」


 見上げると、完全に塞がれているわけではない。細く区切られた板の間に隙間がある。その向こうでシャンデリアがぼんやりと光を受けているのが見える。


「結界で雨風の心配がないじゃん、だから可動ルーバー式で開閉できるの、凄いっしょ」

「いるかそれ? 日光浴びたいなら天蓋消せばいいんだろ」

「プロに任せるって言ったじゃん! 言ったじゃん!!」

「悪い悪い、サリーのデザイン最高」

「わかればいいのさ」


 満足げな空気が伝わってくる。AIなのに……。


 支柱の上部には横桟が渡されている。その内側にはロールスクリーンがきれいに収まっている。余計な装飾はないが、収まりがいい。機能美ってやつだ。


 ひもを指に引っかけ、軽く引く。すると、ほとんど音も立てずに、薄い布がまっすぐ落ちてくる。途中で引っかかる気配もない。

 一杯まで下げると、柔らかいベージュが視界を包む。

 枕側はヘッドボード。結果、三面だけがゆるく閉じられた空間になる。

 視界が狭まるだけで、こんなにも感覚が変わるのか。


「やっぱり鳥籠だな」


 手を伸ばせば、すぐに端に触れる距離。広さは変わっていない。けれど、囲われたという事実だけが、妙に輪郭を持って意識に残る。

 この状態で最初から放り込まれていたら、たぶん、圧迫感に押しつぶされただろう。

 けど、今は違う。移動できることも、普段は何も見えないことも知っている。その差が、思っている以上に大きい。


 ふと、記憶が引っかかる。押し入れの中に潜り込んだときの、あの妙な落ち着き。風呂にまだ湯も張っていないのに、わざわざ中に座り込んでみたこと。意味もなく狭い場所に入りたくなる、あの感覚。


 ――狭い空間に安堵するなんて、俺は猫かよ。


「サリー、室内にいるとき、天蓋は消しておいて」

「おけまる」


 返事と同時に支柱も布も消える。

 さっきまで確かにあったものが、一瞬でなかったことになる。

 視界が開け、圧迫感も同時に消える。さっきまでの狭さが嘘みたいだ。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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