第19話 無垢なメイドたち
窓から差し込む朝の光が、磨かれた石床の上をすべるように伸びている。
淡い帯の中で、舞い上がった埃がゆっくりと漂う。
視線を落とせば、羽根飾りの欠片や踏み潰された花びらが点々と残っている。宴の喧騒がまだここに残っているかのように、妙に生々しい。
その広い床を、五人のメイドが行き交う。
ほうきが石床をなぞる乾いた音。濡れ布で磨く規則的な擦過音。そこへ、小さな囁きと足音が差し込まれる。静かなのに賑やかだ。
誰かが振り向くたび、白いエプロンがふわりと揺れて光を弾く。その一瞬だけ百合が咲くみたいに見える。
そんな中でも、俺の視線は一箇所を熱く見つめる。
――わが最推しのケイシー!
少し小柄な体が、他のメイドの間を縫うように動いている。
丸みを帯びたコイフが、その動きに合わせて軽く揺れる。忙しさのせいか、頬にはうっすら赤みが差している。
額には細かな汗が滲む。それを気にする様子もなく働き続けているのが、なんともけなげだ。
重そうな水桶を両手で抱え、足元を確かめながら一歩ずつ進む。
わずかによろけても、すぐに体勢を立て直し、そのまま流れるように前へ。
床を磨くときは膝をつき、布を両手で押さえながら円を描くように丁寧に動かす。速さよりも仕上がりを優先しているのが遠目にもはっきりわかる。
手を抜こうと思えば、いくらでも抜ける作業だ。実際、周囲を見れば効率重視で動いている者もいる。
けど、ケイシーは違う。ひとつひとつの動きが丁寧で、その積み重ねが自然と目に残る。
「推せる……」と、思わず口に出る。
まあ、小声だ。誰にも聞かれていない、はず。
くるりと振り返った拍子に、目が合う。
一瞬だけ、時間が引き延ばされたみたいに感じる。
ケイシーは、にこりと微笑む。
作業の合間の、ほんの短いアイコンタクト。それなのに、妙にまっすぐで、変な打算が一切見えない。その一瞬で、胸の奥がじわりと温かくなる。
「もし動けたなら、桶を代わりに運んでやれるのに」
「やらない善よりやる偽善」
「棘があるな、サリー」
「ぶつぶつ言う暇があるなら手伝えばいいじゃん」
「鳥籠の中の俺に何ができる」
「聞く? 聞いちゃう? サリーのナイスアイデア」
「ナイスかどうか、俺様が評価してやろう」
「うっわ、上から目線。あのね、彼女たちは遠くの井戸に水を汲みに行ってるっぽくない?」
言われて、改めて動線を目で追う。出入口の方へ消えて、しばらくして戻ってくる。その往復だ。効率がいいとは言い難い。
「だろうな、水道なんてないだろうし」
「そこでこちらの商品」
ジャジャーン♪
テレビショッピングで聞いたことのある効果音が鳴る。
「無尽蔵ケ~ト~ル~」
「そうか!」
「こちらの商品、なんと! 沸騰する前にスイッチを切れば、ぬるま湯を作ることもできちゃうスグレモノ」
「それ普通だから。けど名案だ、採用」
「もっと褒めて! 頭をなでて! サリーに頭はないけど」
ケイシーの喜ぶ顔が簡単に想像できる。さらに、まだもらっていない感謝の言葉で頬が緩む。
「おーい、ケイシー」と、声をかけると彼女はすぐに顔を上げた。
「はい」
とてとてと小走りでこちらへ向かってくる。
忙しく動き回っていたはずなのに、その足取りはどこか小動物みたいに軽い。
俺の前で止まり、背筋を伸ばして姿勢を整えた。
「ユウナギ様、御用でしょうか」
「水汲みって、たいへん?」
「いいえ」
――予想外!!
「あっ、そう。そうかぁ~。たいへんなら手伝おうと思ってさ、水くらいなら出せるから。余計な心配だったね」
軽く肩をすくめて言うと、ケイシーの表情がぱっと明るくなる。
「水を出して頂けるんですか? ありがとうございます!」と、声が弾む。
「あれ? たいへんじゃないって言わなかった?」
ケイシーは少しだけ周囲に目をやり、声を落とす。
「お客様の前で仕事がキツイなんて言ったら、ご当主様にお叱りを受けますから」
「なるほど」、筋は通っている、
「じゃあ桶を持ってきてくれ」
「はい!」
くるりと踵を返し、そのまま声を張る。
「みなさーん! ユウナギ様がお水を出してくださるそうです! 桶を持って来てください!」
俺は、他のメイドのことなど、その声を聞くまで忘れていた。だからこそ、声をかけるその優しさに心打たれる。
メイドたちは、汚水の入った桶を窓際まで運ぶと、ためらいもなく外へばしゃりと流し捨てる。
――豪快だな。
メイドたちが集まり、結界の縁に桶が並ぶ。
温度の調整はサリー任せだ、ちょうど人肌くらいの温度になっているはず。
俺はケトルを手に取り、注ぎ口を結界にあてて、ゆっくり傾ける。
とぷ、とぷ、と柔らかな音を立てて水が落ちる。
桶の中で、透明な水面が静かに持ち上がっていく。
「ユウナギ様、この水、暖かいです」と、ケイシーが目を丸くする。
「ああ、沸かしてある」
「火も使わずに、ですか?」と、ケトルと桶を視線が往復し、
「もしかして魔法?」
「いや、魔法は使えないよ」
「魔法なしで……異世界人の力ってすごいですね」
「違う違う。これは道具の性能」
ケイシーは腕を組み、真剣な顔で唸る。
「その謎、知りたいです」
「そうだな。話す機会があれば教えるよ」
「やった!」
ケイシーは猫みたいに、ぴょこんと小さく跳ねた。その動きがあまりに素直で、思わず視線が止まる。
――ああ、癒される。ずっと見ていたい。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。
全112話 毎日投稿します。
最後まで楽しんでいただけたら幸いです。




