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第13話 美少女メイド

 ここがダンスホールか。

 やたらと広い空間がそのまま闇に沈んでいて、思わず声を潜めたくなる。


 執事が窓辺に進む。

 重たいカーテンを左右に開き留め糸で縛る。

 開いた隙間から星明かりが流れ込み、磨き上げられた石床に細く伸びる。その光は弱いが、その分だけ床の艶が際立つ。

 視線を上げると、天井のシャンデリアがいくつも連なり、奥へ奥へと消えていく。

 灯は入っていない。

 暗闇にぶら下がるその塊は妙に存在感がある。真下にいると落ちてきそうだ


 壁には人物画が並んでいる。どれも厳めしい顔つき。

 中学校の音楽室に並んでいたベートーヴェンたちの顔が不意に頭をよぎる。

 学園の七不思議。夜になると目が動くとか……。


 ――怖くない、怖くない。


 色味を抑えた空間に、星明かりだけが差し込んでいるせいか、全体がどこか冷えた印象に見える。静かすぎて、余計にそう感じるのかもしれない。


「扉の前に騎士を待機させております。ご用向きの際はお声をおかけください」


 背後から執事の落ち着いた声が届く。

 その瞬間、張り詰めていたものが少しだけ緩んだせいか、腹がきゅうと鳴る。


「そういえば……、朝から何も口にしていませんでした」

「さようでございますか。では軽い食事を用意させましょう」


 執事は一礼し、そのまま音もなく出ていく。

 重い扉が閉じる音がやけに大きく響き、広い空間に余韻だけが残る。


「暗いなあ……。さすがに電気をつけてくれとは言えないよなあ。ロウソクだし」


 言った直後、ヘッドボードのLEDライトがぱちりと点く。

 柔らかい光がじわりと広がり、冷たい印象を少しだけ押し返す。

 今更だが、この電気はどこから来ているのだろうと一瞬だけ考える。だが、考えたところで答えが出る気がしないので、そのまま思考を切り上げる。


「へいマスター。サリーの輝きはこのくらい?」

「いい感じにムーディーだぞ」


 暖かい色の光に包まれると、さっきまで気になっていた影の濃さも少し和らぐ。

 単純なものだと思いながら、内心ではしっかり助かっている。


「とりあえず食事は出してもらえるみたいだ。図々しく頼んでみたけど、嫌な顔はされなかったし……案外、待遇は悪くないかもしれない」

「夢のニート生活の始まりじゃん」


 くすっと笑いがこみ上げる。


「そうだな。確かにニートかもしれない。でも、それを言い出したらペットだって全部ニートになるぞ」


 言ったあと、わずかな間が空く。


「おっと! 問題発言じゃないかな、マスター」


 ――しまった、地雷を踏んだか。


「ペットは動物で、人間に依存しつつ、日常的ケアや食事管理を受ける存在で、社会的・経済的義務を持ってない。しかーし、ニートは人間であり、教育や就労に参加していない状態だけど、身体的には自立可能で、経済的支援により生活してるんだよ」


 ――なんでAIが興奮するんだよ。


「依存の性質や存在の機能も違うし、ペットは癒やしなどの非経済的価値を提供するじゃん。けどさ、ニートは社会的役割を未履行のまま保持する潜在的存在なわけ。だからね」


 ――まだ続くのか。


「種・依存形態・社会的役割の三軸で分類するとさ、ペットとニートは交差しないんだよ。同列で比較することは論理的に成立しないワケ。両者を同一視する命題は誤りであると結論づけるね、サリーは!」

「お、おぅ……そうかもしれないな」


 殆ど聞き流したが、とりあえず頷いておくしかない。


「でもさ、兵士に見張られて、ほぼ軟禁状態なんだぞ。俺はニートじゃないよな?」

「それ言い訳ですよね」

「……はい、その通りです」


 コンコン、と控えめなノックが静かな空間に小さく跳ねる。

 扉が開くと同時に、やわらかな声が滑り込んできた。


「失礼します。お食事をお持ちしました」


 メイドが入ってくる。

 木製のワゴンを押しながら、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 暗がりの中からライトの光が届く位置へ。

 距離が縮まるにつれて、輪郭がはっきりしていく。


 ――可愛い、なんて一言で片付けるのは、たぶん雑すぎる。


 若い。いや、かなり若い。十代半ば、そのくらいに見える。

 立ち居振る舞いは妙に落ち着いている。

 小柄な体に、黒のロングスカートと純白のエプロン。いわゆる王道のメイド服だが、似合いすぎている。衣装というより、その姿で生まれてきたようだ。

 長そうな髪は、コイフに包まれた膨らみが主張する。

 ほんのわずかな表情の揺れが生々しくて、そのせいで余計に目が離せなくなる。


 ――こんな可愛らしい存在が、この世界にはいるのか。


 視線を外す理由が見つからないまま、ただ見てしまう。

 やがて、美少女メイドが顔を上げる。

 目が合う。

 ほんの一瞬、時間が止まったような間があってから、控えめに口元が緩む。

 その笑みは作法としてのものに見えるのに、どこか柔らかくて自然だ。


 ワゴンを押したまま、すぐそばまで来る。


「この子に飼われたい」


 気づいたときには、口から漏れていた。


「うっわ、クソキモイ、引くわーマジで引くわー」


 即座にサリーの声が飛んでくる。


 ――こいつ容赦ねえな。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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