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第12話 異世界の礼儀

 通りの先がふっと開ける。

 視界の奥に場違いなほど大きい屋敷が据わっているのが見える。

 石造りの壁は整っていて、飾り気は薄いのに、金のかかり方だけは隠しきれていない。

 おそらく、ここが領主邸だ。

 町の喧騒も遠ざかり、もう視線を気にせずに済む。頭を覆っていたかけ布団をおろす。


「止まれ」と、後ろから短く声が飛ぶ。


 館の二階から、漏れ落ちた光が庭を照らす。

 その光が届き始めるあたりでサンクチュアリを止める。


 俺を連行してきた兵士たちは、左右に分かれて姿勢を正す。

 正面には重そうな玄関ドア。

 その扉が、ギイ、と低く軋む音を引きずりながら開く。


 現れたのは口髭をきちんと整え、髪を油で撫でつけた男だ。

 玄関から地面に下りずに立ち止まる。

 両手を背中で組んだまま、こちらを見下ろす。

 その姿勢がやけに板についていて、会社の役員だと言われても普通に納得しそうだ。


 その場にいた全ての兵士たちが一斉に膝を折る。


「自称異世界人を連行いたしました」


 ――自称って、嘘じゃないし!


「うむ」と、短く返事をしたあと、値踏みするような視線を向けながら、

「わしの前であぐらとは。無礼なやつだな」


 声は静かだが、喉の奥に重みが隠れている。

 まあ、そう来るよな。


「私のことでしょうか」


 分かっていて、あえて聞く。

 ここからが交渉の始まり。気持ちを切り替える。

 この男が“鳥籠の飼い主”として相応しいかどうか。

 少なくとも話が通じる相手か見極める。


「他に誰がおる」

「私の世界では、この姿勢を爪甲礼(そこうれい)と呼びます」


 あぐらをかいたまま、ゆっくりと両拳をマットレスにつける。肩幅より少し広く、親指の爪が前を向くように置く。

 たしか武士の礼法だったはず。詳しい意味までは知らないが、時代劇で見た記憶がある。


「高貴な方の前で行う礼儀作法となっております」


 言い切りながら、ちらりと相手の反応を窺う。


「ほう」と、領主の眉がわずかに動く。


 短い相槌にしては間がいい。試しているのはこちらだが、同時に向こうもこちらを測っている気配がある。

 俺は視線を横へ滑らせ、左右に並んで膝を折っている兵士たちを見る。


「逆に、兵士たちの姿勢ですが。私の世界では“クラウチングスタート”と呼ばれます」


 当然、嘘だ。


「いつでも相手に飛びかかれるぞ、という威嚇の意味を持つ、非常に失礼な礼儀作法とされています」

「……ほう、面白い」


 領主の目が、はっきりと見開かれる。

 周囲の兵士たちも、わずかにざわつく。


「異世界では礼儀作法がまったく異なるのだな」


 領主の口元にうっすらと笑みが浮かぶ。

 先ほどまでの硬さが、ほんの少しだけほどける。

 場の空気も、それに引っ張られるように緩む。


「こちらの礼儀作法に従ったほうがよろしいでしょうか」


 あえて一歩引く形で聞いてみる。ここで押し通すより、選択を渡した方が反応は見やすい。


「いや、異世界の風習で構わぬ」


 即答だ。思考は速いし、無駄に権威を振りかざすタイプでもなさそうだ。

 とりあえず、礼儀作法には融通が利く相手らしい。

 頭ごなしに押さえつけてくる手合いなら、その時点で“飼い主”としては論外。

 この男はそこまで外してはいない。


「わしはブラッドリー・ノル・グリーニングである。そなたは、何と申す」

「夕凪です。グリーニング卿」

「ユウナギ、か……。異世界人の渡来は前例がない。ゆえに、そなたの扱いについては慎重にならざるを得ぬ。投獄はせぬ。だが自由を与えることもできぬと知れ」

「承知いたしました」


 保護と拘束を同時に提示するあたり、いかにも管理職的な落としどころだ。

 つまり、俺の処遇は、この男の裁量次第。

 “なるべく”怒らせないように気を付けよう……。


「夜も遅い。詳しい話は明日聞くとしよう。そなた、ベッドから出られぬのだったな……」


 グリーニング卿は一度言葉を切り、短く考える仕草を見せる。

 顎に手を当てるでもなく、ただ視線がわずかに宙を滑る。


「では、ダンスホールに案内せい」


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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