第110話 竜の御使い
「同じ存在を示していたのに、距離の違いだけで宗教が分かれた」
「分かれた?」と、ベージルとグラントリーの声が重なる。
俺はメガホンを口に当て、
「竜は精霊であり!
精霊は竜である!
ゆえに。
赫竜教とシェケルズ教は、どちらも同じ存在を信じていた宗教であり、わずかな勘違いで枝分かれしたにすぎないのです!」
二人が、顔を見合わせる。
すぐに受け入れるのは無理だろう。
中途半端な位置で思考が止まる。そこが狙いだ。
「シェケルズ教では世界は三つあると信じ、赫竜教では人間界だけだと信じている。
これはどちらも間違いである!
世界は無数に存在する!
その証拠に、俺は異世界から来た異世界人だからだ!」
ざわめきが膨らむ。
さっきまでの“揺れ”とは違い、今度ははっきりとした動揺だ。
城壁の上。人々の仕草が変わる。
腕を組み顎に手を当てる。
視線を少し落として、考え込む。
宗教の話を聞く顔じゃない。
もっと現実的な、損得を測るときの顔だ。
商売の話。領地の問題。
そういう“答えを出さないといけない話”を聞くときの顔。
つまり、信じるかどうかじゃない。
理屈として、通るかどうかで見ている。
――いい傾向だ。
俺の言っていることは、両方を否定している。
だが同時に、完全には切り捨てない。
芯は残す。
だから壊れない。
人は全部否定されると反発する。
だが、半分だけ崩されると、残りを守ろうとして考え始める。
その“考え始めた瞬間”が、一番脆い。
やがて、ベージルが口を開く。
崩れたままでは終わらない。立て直しに入っている顔だ。
「ユウナギさんの仮説が正しいとして、それは宗教として、どう解釈すればよいのですか」
完全に乗ってきた。
否定ではなく“運用”の話に移っている。
この時点で、土台はもうこちら側だ。
俺はメガホンを口に当て、
「あなたたちは手を取り合うことができる! 融合し、ひとつの宗教として新たに歩み始めることができるのです!」
選択肢を与えるふりをして、実質ひとつに絞る。
「新しい」と、ベージルがこぼす。
「宗教」と、グラントリーが続ける。
二人とも、すぐには顔を上げない。
「確かに、教義として矛盾はありません」
「そうですね」
確認し合うように、小さくうなずく。
そして、互いに歩み寄り、距離が縮まる。
迷いは消えたように見える。
手が伸び固く握られる。
その瞬間、空気が弾ける。
城門の上から拍手が落ちてくる。
乾いた音が連鎖する。
シェケルズ教の氏子たち。
赫竜教の教徒たち。
さっきまで分かれていた音が混り、境界が音で消える。
割れんばかりの拍手。
歓声にはならないが、熱は十分だ。
その余韻の中で、遠くから、ぽつりと声が落ちる。
「――竜の御使い」
小さい。だが、妙に通る。
「御使い?」
「御使い様?」
「竜の御使い様?」
「竜の御使い様だ!」
言葉が、増殖する。
誰かが拾い、別の誰かが重ねる。
そして波になる。
赫竜教の教徒たちが、俺のほうを向く。
さっきまで竜に向けていた祈りが、少しだけずれる。
「何の茶番なのじゃこれはっ!!!」
怒号が叩きつけられ、空気が揺れる。
クソ禿の禿頭が真っ赤に染まり、血管が浮き出ているのが、やけに生々しい。
「黙れ! 黙れ! 黙れ! この愚か者どもが!!」
場が凍り、さっきまでのざわめきが、嘘みたいに消える。
「キサマどういうつもりなのじゃ」
「あんたの願いは叶った。違いますか?」
「どこがじゃ」
「目障りなものが“消えた”じゃないですか」
近いうちに赫竜教は消える。そして新たに歩み始めるだろう。
命令は『赫竜教を潰せ』だが、結果は同じだ。
「さあ、約束は守った。だから返してもらおう、俺の宝を」
腕を伸ばし手を開く。“早く渡せ”と意味を込めて。
クソ禿の、奥歯を噛みしめる音が聞こえてきそうだ。眉間の皺を深く刻み、鋭い視線で俺を睨む。
わずかな間の後、クソ禿はケイシーにズカズカと歩み寄り、乱暴に腕を掴む。
「痛っ」と、ケイシーの顔が歪む。
乱暴に引きながら、クソ禿が数歩進む。よろけながら続くケイシー。
カッと頭が熱くなる。
――その汚い手を放せ!
喉から声が溢れるのを、ぐっとこらえる。
「訂正するのじゃ」
「は?」
「竜は言葉を理解しない。精霊ではない。今までのことは異世界人の仕組んだ欺瞞じゃとな」
クソッ。やはりクソ禿は初めから約束など守る気はなかったんだ。
ここで言い分を受け入れたとしても、ケイシーを解放する気などないだろう。
仕方ない……。
「“命令”に従ったのに、約束を守ってくれないんですかぁ~」
わざとらしく、声を揺らす。
「命令?」と、ベージルが首をかしげる。その仕草は小さいが、視線はしっかりクソ禿に刺さっている。
「辺境伯はシェケルズ教ですよね」と、軽い調子で聞く。
「ええそうです。敬虔な氏子ですが、それがいったい?」
「確かシェケルズ教では、他の宗教に対して不当な弾圧などは許してない――」
「おい! やめるのじゃ!!」と、かぶせるようにクソ禿が怒鳴る。
必死だな、と内心で笑う。声量で押し切ろうとしている時点で、もう余裕はない。
「どういうことですかな、アンダースン卿」
ベージルの声は穏やかだが、逃げ道を塞ぐ圧がある。
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