表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
108/112

第108話 竜語翻訳係を任された

 クソ禿たちの足が止まる。

 いや、進めない、というほうが近いかもしれない。

 目は血走り、喉が大きく動く。

 距離があるのに、唾を飲み込む音まで聞こえそうな錯覚がある。


 原因は竜だろう。俺も最初はそうだった。空気が重く、密度が上がっているようで、息を吸うだけで抵抗を感じる。

 もう俺は慣れたけど、彼らにこれ以上進ませるのは無理だろう。


 ゆっくりと立ち上がる。

 サンクチュアリの上で体勢を変えるだけだが、視界が一段高くなる。


 群衆、クソ禿たち、俺、竜。まるで計ったように等間隔に離れている。


 群衆が一望できる。

 ふと、武道館ライブの映像を思い出す。ステージから客席を映した映像だ。あれと似ている。

 客の視線はメインアーティストに向けられ、誰一人としてカメラマンに視線を移さない。まるで自分が透明人間になったような気分だ。


 俺は手製のメガホンを口に当てる。

 ジュディに無理やり用意させたやつだ。紙製で作りは雑だが、ないよりマシだろう。


「役者は揃った!」と、腹から声を出す。


 空気の重さを押しのけるように、思い切り叩きつける。

 声が城壁に当たって跳ね返る。

 群衆の視線がこちらに動く。

 まるで今まで存在していなかったものが、急に現れたみたいな反応だ。


「俺は夕凪。これより、世界の真実を公表する!」


 言い切った瞬間、空気がザワと波立つ。

 民衆の声が重なり、低い唸りになる。

 意味のある言葉には聞こえない。ただの音の塊だ。


「静粛に! 静粛に!!」


 抑え込むように、もう一度声を張る。

 波が少しずつ引く。完全には消えないが形が崩れていく。

 その隙を見て、言葉を差し込む。


「声が届かぬ者は、後からシェケルズ教の祭司と赫竜教の主教に聞くがいい!」


 メガホンを口から離し、空気がさらに沈むのを待つ。

 ざわめきの残りかすが消えるまで、あえて何も言わない。

 今度は張り上げず、落とした声で静かに切り出す。


「まずは、グラントリー主教、ベージル祭司。これまで竜を見たことはありますか?」


 間を置かず、グラントリーが強くうなずく。


「もちろんです。赫竜教では入信後に必ずお姿を拝見します」


 声も安定している。この状況でも崩れないあたり、場慣れしているのがよくわかる。

 それに、ちらりとベージルへ視線を流し、口元がわずかに緩む。

 勝ち誇ったような、余裕の表情。

 なるほど“見たことがある側”の優位、か。


 対してベージルは、まったく違う。

 視線を竜から外さないまま、ゆっくり首を横に振る。


「私は初めて見ました」


 声がわずかに揺れている。

 無理もない。あれを前にして平然としていろ、というほうが酷だ。


「やはりそうなんですね」

「やはり?」

「それでは始めましょう。まずはグラントリー主教。赫竜教では“竜は世界の創造主”と信じられている。そうですね」

「はい、その通りです」

「しかし、それは間違いです」

 メガホンを口に当て、

「竜は、この世界の創造主ではありません!」と、全体へ叩きつける。


 空気が揺れ、次の瞬間、赫竜教の列がざわつく。

 赤い衣が揺れ、不安が伝播しているのが形で見える。

 だが声は上がらない。

 抗議も、怒号もなく、ただ揺れているだけだ。


 一方で、城壁の上は違う。

 抑えきれなかった声が、ぽつぽつと漏れる。


「何を言ってるんだ、あいつは」


 そんな断片が風に乗って届く。

 赫竜教の教義など知らない連中なら、その反応は正しい。


「いったいなにを根拠に教義を貶めるような発言をするのですか」と、グラントリーが眉間にしわを寄せている。


 不満を押しつぶしたような声だ。

 感情を爆発させないところは、さすが主教といったところか。

 俺はメガホンから口を離し、背後を親指で示す。


「そこにいる竜に聞いたのです」


 視線が、一斉に流れる。

 竜は動かない。ただそこにいるだけなのに、全員の意識を引き寄せる。


「まさか、そんな……、竜と会話できるのでしょうか?」

「静かに待つ竜を見て、薄々気づいていたのではないですか。もちろん、ここに来るようお願いしたのは俺です」

「ああ、なんということでしょう……」


 グラントリーは竜を見ながら顔を蕩けさせる。まるでアーティストの握手券を手に入れた熱狂的なファンのようだ。胸の前で組んだ手が震えている。


「グラントリー主教。聞きたいことがあるのなら俺が通訳します。“はい”なら首を縦に、“いいえ”なら首を横に振ります」

「えっ? 質問ですか? えっと……」


 完全に不意を突かれた顔だ。

 視線が泳ぐ。何を聞くべきか、必死に探しているのだろう。

 数秒の逡巡。

 やがて、覚悟を決めたように口を開く。


「……それでは、あなた様は生物の頂点であらせられますか?」


 無難だが教義の中核だ、聞きたくもなるだろう。

 俺は振り返り、

「赤いの。生物の頂点か聞いてる」


 竜は、ゆっくりと首を横に振る。動きは小さいが、はっきりとした否定。


「どのような基準で頂点と判断するのか説明を求む」


 俺以外には、こいつの声はどう聞こえているのだろう。


「首を振った……。なら違うと言うのですね」と、グラントリーは素直に受け取る。


 やっぱり聞こえてないのか。

 まあ、そのほうが都合がいい。

 細かい話を混ぜると、余計にややこしくなる。


「あの、ユウナギさんが『グガアグガア』と唸り声をあげているのは、もしや、それが竜語なのでしょうか?」


 そう聞こえてるのか。ここで否定しても説明が面倒だし、

「はい」と答える。


「そうですか……。人間の言葉は、お分かりにならないのですね」

 ほんのわずかだが、表情に残念そうな色が混じる。だがすぐに持ち直し、

「では次の質問をお願いします。あなた様は人間の支配者でしょうか」


 いい流れだ。誘導していないのに、聞いて欲しい質問を投げてくれる。


「赤いの。人間の支配者なのか?」


 竜は、迷いなく首を横に振る。


「人間に興味などない」

「違うのですね……」


 グラントリーの声が沈む。

 さっきまでの高揚が、嘘みたいに抜け落ち、今にも泣き出しそうだ。

 長い間、信じていた教義が崩れる。それはきついのだろう。

 だが、落とすだけ落として終わり、では意味がない。


 俺は再びメガホンを口に当て、

「しかし! 竜は不変であり、不死である。その教義に間違いはない!」


 声が広がると、押し潰されていた空気が一気に弾ける。

 赫竜教の信者たちが、一斉に祈りを捧げ始め、上半身を前後に揺らす。


 否定された部分を切り捨てて、残ったものにすがる。

 信仰ってのは、案外しぶとい。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ