第104話 謎の動機
「上の者を呼んできます」と、案内役が告げてからしばらく待つ。
ふと、入口の奥から人影が一つ、近づいてくるのに気づく。
さきほどの男ではない。
歩みはやや遅い。距離が縮まるにつれて、その落ち着いた気配がはっきりと輪郭を持ってくる。。
胸元には小さなペンダントが揺れている。入口脇の石碑と同じ意匠だ。
男は俺の前で足を止めると、ほんのわずかに頭を下げる。
「お待たせしました、私はベージルと申します。シェケルズ教の祭司を務めております。
ユウナギさん、ですよね。小耳にはさむ程度の噂は聞いております」
祭司、か……。
位置づけがいまひとつ掴めない。宗教ごとに階層も呼び方も違うのが地味に厄介だ。
部長とか課長とか、そういうわかりやすい分類にしてくれれば助かるんだが。いや、最近はカタカナ肩書が氾濫しているし、結局混乱するのは同じか。
ベージルがふと入口の方へ視線を向ける。釣られて見ると、人の出入りが少しだけ増えている。さっきよりも足音が重なり、空気がわずかにざわついているのがわかる。
「ここでは少々邪魔になりますね。向こうでお話ししましょう」
ここでも邪魔者扱いか。
俺は頷き、サンクチュアリを滑らせる。
建物のすぐ裏手。石畳の広場へ出ると、人の流れがふっと途切れる。建物に囲まれていた視界が一気に開け、空間に余白が生まれる。さっきまでのざわつきも背後へ押しやられ、会話にはちょうどいい距離感だ。
中央あたりで、ベージルが足を止める。自然な動きで振り返り、こちらへ向き直った。
「シェケルズ教に関心がおありと伺いましたが」
「ええ。かなり興味があります。色々聞かせてもらえると助かります」
適度に前のめりな姿勢を見せ、相手の警戒心を解く。
ベージルは微笑みながら小さく頷く。
「もちろんです、我々の教えは、それほど複雑ではありません。
シェケルズ教では、世界は三つの界から成ると考えています。
人間界、精霊界、そして冥界。この三つです。
人間界には人が生まれ、精霊界には精霊が生まれる。
そして悪事を働いた人間や精霊は、冥界へ送られる。
それが我々の教えです」
「なるほど」
神はいない、という前提の宗教か。リンダの信じるマクダウェル教とは明確に対立するが、世界観だけ見れば赫竜教に近い部分もある。
「シェケルズ教では、入信された方を“氏子”と呼びます」
ベージルが胸元のペンダントに軽く触れる。石碑と同じ三つの輪が、指先でわずかに揺れる。
「氏子は精霊の力を借り、魔法を使うことができます。主に、人の傷や大地の傷を癒やす力です」
回復寄りの能力。リンダの使っていた魔法と同じ系統か?
「マクダウェル教の信者も魔法が使えますよね。精霊魔法と、どう違うのですか?」
その瞬間、ベージルの表情にわずかな変化が走る。眉がぴくりと動き、口元がほんの少し歪む。抑えてはいるが、感情は隠しきれていない。
「ああ、神がいると嘯く宗派ですね。私にはわかりません。マクダウェルが唯一神であり、世界の創造主であるなどと……。妄想甚だしい。世界は最初から存在していたのです。ゆえに、創造主なる者はおりません」
言い方が露骨だ。穏やかな口調は崩していないが、棘はしっかり混ざっている。
これは赫竜教とも違う。あちらは“頂点”として竜を据えていたが、こちらはそもそも支配者の概念自体を置かない。
「では、悪事を働いた人間や精霊を冥界へ送る判断は、いったい誰が?」
俺は地獄の裁判官、閻魔大王を信じる派だ。
そのような存在がいると思うだけで悪事をはたらこうとは考えなくなる。子どもへの教育としては良いキャラクターだと思う。
「それは“誰か”ではありません。世界の調和を保つための法則です。
雨を“誰が”降らせているのか、と同じ尺度の質問です。
無意味な殺害、魂を穢す行い。
それらを犯せば、魂は冥界へ自然と落ちるのです」
ここでも神は否定し、自然現象として扱うわけか。
「では、この地にいる竜は、どのような存在だと考えていますか?」
ベージルはわずかに首を傾げる。考えるというより、前提を確認するような間だ。
「竜、ですか……。
あれは人間と意志疎通のできないスライムやハーピー、サイクロプスと同じ類いですね。
赫竜教の方々は竜の体躯の大きさから、神のように扱っておりますが、我々から見れば、ただの怪獣です」
声の調子は変わらないが、ほんの少しだけ硬い。完全に無関心というわけでもなさそうだ。
「赫竜教について、どのような思いがありますか?」
「思い、ですか?」
「例えば敵視しているとか」
「いいえ滅相もない!」と、ベージルはやや強めの調子で即座に反応し、
「国民は、どの宗教を信じてもよい。それが国の定めた法律です。他の宗教を弾圧すれば、国が、その宗教を禁じるでしょう」
視線はまっすぐこちらに向いている。少なくとも、この場では本心に近いことを言っているのだと思う。
個人的な感情は多少あっても組織としては表に出さない。そういう立ち位置だろう。
つまり、赫竜教を潰したがっているのはシェケルズ教ではなく、クソ禿の個人的意向かもしれない。
「では、赫竜教から嫌がらせなどは?」
「それもありません。信じる道は違えど、互いに尊重しております」
静かな声で返ってくる。少なくとも、この男の認識では事実なのだろう。
「もし、赫竜教に嫌がらせをしている氏子がいたら、どうしますか?」
「そのような氏子がいることを、ご存じなのですか?」
ベージルの声がわずかに強くなり、視線がぴたりとこちらに据えられる。
「いいえ。仮に、です」
そう言った途端、彼の肩から力が抜けたのが見て取れる。胸に手を当て、小さく息を吐く。
だが、それで終わりではない。次の瞬間、先ほどよりも明確に表情が引き締まる。
「そのような氏子はいないと信じております。もし、そのような罪深き者がいるのなら即刻破門いたします」
なるほどな。
もし、クソ禿が個人的な恨みで赫竜教を潰そうとしているのだとしたら、シェケルズ教の立場上、それが表に出れば即座に切り捨てられる。
だから破門を恐れ、秘密裏に動く理由にはなる。
……だが、それだけだ。目立ちすぎる俺を使う理由としては弱い。
思考が一瞬だけ別の方向へ跳ねる。
――ここで暴露したらどうなる?
クソ禿の思惑を、この場でベージルにぶつける。
そうすれば、破門され、シェケルズ教の後ろ盾を失う。
結果、赫竜教を潰す大義も消える。
だが、その先はどうだ。
追い詰められたあいつが、まともに引き下がるか?
……いや、ないな。
逆上した矛先がどこへ向くかは、考えるまでもない。
却下だ。
ベージルとの会話から、クソ禿の動機は見えてこない。
さて、どうしたものか……。
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