第101話 鳥籠の中で研がれるもの
白み始めた空をぼんやり眺めたまま、俺は寝転がっている。
一晩中、ケイシーの顔が頭から離れない。余計なことを考えるなと思うほど、逆に浮かんでくるあたりが厄介だ。
まぶたは重いのに、頭だけが妙に冴えていて、結局ほとんど起きていたようなものだ。
足音が石畳を叩く。規則正しい、迷いのない音。
「おい、ユウナギ殿、起きろ」と、ジュディの声だ。
「起きている」
声をかけられるより先に、体はもう起き上がっている。反射だ。というより、ずっと半分起きていたせいで、きっかけを待っていただけかもしれない。
「閣下がお見えだ」
ジュディの視線の先、開け放たれた玄関の奥。そこに見たくない輪郭が現れる。禿頭が朝の薄い光を受けて、嫌なテカリを見せる。
紫の外套を揺らしながら、クソ禿がゆっくりと歩いてくる。その後ろには近衛騎士が数名、間を詰めすぎず、しかし隙も見せずについてきている。
クソ禿は足を止めた。距離はあるが声は十分に届く。わざわざ詰めてこないあたり、性格が出ている気がして、余計に癪だ。
「戻ったか。で、どうじゃった?」
第一声がそれか。挨拶も何もない。まあ、期待はしていないが。
「竜と話してきた」
「……ほう」
クソ禿の眉がほんのわずかに動く。驚きというより興味の兆し。いや、値踏みか。
じっと観察されている感じがして居心地は最悪だが、目は逸らさない。
「竜は不死だ。普通の生き物じゃない。だから殺すのは無理だ」
余計な言い回しは挟まない。どうせ、どれだけ言葉を重ねても信用しない顔だ。
案の定、クソ禿はすぐには何も言わず、しばらく俺を見つめたまま動かない。その沈黙がやけに長く感じるのは、わざとか。と、考えたところで、視線がふっと外れる。
「ジュディ」
「はい」
クソ禿が顎をしゃくり、
「本当か?」
「本当です。ユウナギ殿と竜は、半日ほど会話していました」
淡々として、感情は乗っていない。
クソ禿の目が細くなる。
「会話、か」
「はい」
「竜の声は聞こえたのか?」
「いいえ」と、ジュディは首を振り、
「グルグルと喉を鳴らす音だけで、言葉ではありませんでした」
その説明を聞いたクソ禿が、鼻を鳴らす。
「ならば、異世界人が嘘をついているかもしれんのじゃな」
ジュディは一瞬だけ間を置く。ほんのわずかだが、考える時間を取ったのが見える。それでも、口にした言葉は変わらない。
「ボクには判断できません」
俺を庇うような発言とも取れるが、判断できなかったのは事実だろう。
クソ禿は視線を外さす黙り込む。彼女の発言の真偽でも考えているのだろうか。
しばらくの沈黙のあと、クソ禿が口を開く。間を測ったような、いやらしいタイミングだ。
「ならば条件を変える。赫竜教を潰せ」
反射的に眉が寄り、
「理由は何だ?」
クソ禿は露骨に面倒そうな顔をして鼻から息を吐き、
「儂はシェケルズ教の信徒じゃ。領民の半数が赫竜教なぞ、気に入らぬ」
……それだけ。
たったそれだけの理由で、気に入らない宗派を潰すのか。
馬鹿げている。
この国には国教はない。だから信仰は自由だと聞いている。
一応この国は法治国家だ。この事を王に知らせれば、クソ禿は処罰されるだろう。
しかし、その前に何が起きるかは別問題だ。
ケイシーの顔がよぎる。
暗い地下牢で、黙って耐えている姿が、鮮明に浮かぶ。
逆上して彼女を傷つける可能性は捨てきれない。
ここで突っぱねる選択肢は、理屈の上では正しい。だが、実行に移した場合のリスクが高すぎる。目の前のクソ禿は、理屈で動くタイプじゃない。
クソッ!
「方法を考える。時間をくれ」
「三日やろう」
三日もケイシーを地下牢に監禁させる気はない。はなから短期決戦のつもりだ。
「分かった」
クソ禿は満足したのか、わずかに顎を引く。
胸の奥に、何かが沈殿していく。
鈍く重い。
だが、確実に形を持ち始めている。
――ああ、なるほど。これは、殺意ってやつかもしれない。
静かに積み上がっていくそれを、自覚したまま、俺は視線を逸らさないでいる。
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