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第100話 邪魔な荷物

 サンクチュアリを滑らせ、火口の上を進む。

 来た時には考えられないほど気分が軽い。

 しばらくして、緩やかな上り斜面に差し掛かる。ここを登れば火口の縁だ。

 暗闇の中に、ぼんやりと人影が浮かぶ。輪郭だけが頼りの曖昧な影だが、見覚えがある。

 ああ、そういえば、同行者がいたな。完全に意識から抜け落ちていた。

 火口の縁からここまで下りてくるあたり、多少の度胸はあるらしい。


 近づくにつれて、姿がはっきりする。

 ジュディが膝を抱え込んで、じっとこちらを見ているあたり、待ちくたびれた空気がにじんでいる。

 ジトッとした視線をぶつけてくる。


「さあ帰るか」と、とりあえず軽く声をかける。

「一言、ないんですか?」


 口をとがらせ、眉を寄せている。完全に不機嫌モードだ。


「どんな?」


 あえて聞き返すと、ジュディの眉間のしわが深くなる。


「待たせたね、とか、遅くなったね、とか。色々あるだろ」

「夫の帰りを待つ妻かよ」

「誰が妻よ!」


 即座に怒鳴り返してくる。少なくとも、ここで竜に怯えて震えていたわけではなさそうだ。


「君は監視役なんだから、待つのが仕事だろ? 文句があるならクソ禿へ言うんだな」


 ジュディは一瞬だけ口を開く。言い返しかけて、言葉が詰まったように止まり、そのまま閉じる。

 大きく息を吐く。溜め込んでいた空気を、まとめて吐き出すみたいに。


「……もういい。

 日も暮れましたし、急いで山を下りましょう」

「クソ禿は、もう寝ているだろうから急ぐ必要はない。叩き起こしたいが、不機嫌になったらケイシーに危害を加えそうだからな」


 ジュディの顔がわずかに引きつる。


「え、だって、お腹もすきましたし……」

「あっそ」

「ユウナギ殿だってお腹はすいたでしょ」

「貯えがあるから問題ない」


 リンダからもらった食材の余りが丸ごと残ったままだ。

 スープに浸しながらじゃないと食べられないほど固いパンだが、文句は言わない


「そんな……」


 がっくりと肩を落とす。暗がりでも分かるくらいの落胆ぶりだ。

 細い体なのに、食への執着は強いらしい。

 コイツはクソ禿の仲間だし、俺を苛立たせる天才だ、助けてやる義理などない。

 ……とはいえ、若い女性に夜の山道を歩かせるのは、罪悪感がまったくないと言えば嘘になる。


「夕飯を奢るのなら、急いでやってもいい」


 条件を付ける。妥協案だ。


「ホントですか! 奢ります! 奢ります!」

「安い誇りだな。

 サリー、二階を出してくれ」

「りょ」


 板張りの床が音もなく現れる。

 領主邸でも見せているのでジュディは特に驚いた様子もない。

 “鳥居”を出せば一瞬で町だが、信用するに値しないコイツの前では出さない。


「上がれ」

「いいんですか? 行きは乗せてくれなかったのに」


 じとっとした視線が飛んでくる。まだ文句を言う余裕はあるらしい。


「嫌ならいい」

「乗ります! 乗ります!」


 即座に手のひらを返し、慌てて二階へよじ登る。金属の擦れる音と、短い息遣いが上から落ちてくる。

 足音が止まるのを確認し、すぐにサンクチュアリを滑らせる。

 気分は全力疾走。

 斜面に意識を向けた瞬間、速度が跳ね上がる。

 まるでジェットコースターのように、地形をなぞり、一気に駆け上がり、火口の縁に飛び出す。

 そして、そのまま反対側の急斜面へ滑り落ちる。


「いやぁぁぁぁっ!!!」


 二階から、夜気を裂くような高い悲鳴が降ってくるが、気にせず進み続ける。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

続きが気になると思っていただけたら、ブクマしていただけると励みになります。

全112話 毎日投稿します。

最後まで楽しんでいただけたら幸いです。

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