第10話 結界の囚人
城門から現れた兵士たちが、俺を囲む。
槍の穂先がこちらへ向き、視界いっぱいに鈍い光が並ぶ。
結界は、暴漢たちの拳を弾いたが、槍でも同じとは限らない。
背中に汗が浮く錯覚が走る。
「おまえだな、怪しいやつは。衛兵詰所で尋問する。来い」
前に出た兵士が、気軽な調子のまま手を伸ばす。
その指先が目前まで迫り、結界に触れたところでぴたりと止まる。
「痛っ……なんだこれは?」
男は顔をしかめ、パントマイムのように空間をなぞる。
その動きは滑稽。けれど、槍を向けられているので笑う余裕はない。
「結界か?」と、他の兵士が呟く。
リンダと同じ反応。
この世界では日常的な現象らしい。
しかし、歓迎される類ではないのも、その声色でなんとなく察しがつく。
「おい! 結界を解け!」と、兵士が声を荒げる。
槍の穂先がわずかに揺れ、その揺れが周囲へ伝わる。
“仕事の一環”という空気が、じわりと固くなる。
「申し訳ありません。結界は私が張ったものではないのです」
乾いた喉を広げ、なんとか声を押し出す。
自然と口調が“俺”ではなく“私”に切り替わる。
こういう場で砕けた言い方をして得をした記憶はない。無意識にビジネスモードへ寄せる。
「嘘をつくな!」
「本当です」
言いながら、自分でも説得力がないと分かっている。
見えない力に閉じ込められた男が、原因は自分じゃないと言い張る。
そんな話を信じる兵士がどこにいるのか。
「ふざけるな。術者以外に結界が張れるものか!」
兵士たちの目つきが揃って鋭くなる。
俺的には、自分のことを遭難者と思っている。けれど彼らは俺を犯罪者だと決めたようだ。
「本当に違うんだ。俺にも理由が分からない」
取り繕う余裕が、じわじわ削れ、口調が崩れる。
これが冤罪か。
証拠も証言もなく、ただ状況だけが俺を犯人に仕立て上げる。
しかも当の本人が一番事情を理解していないという、なかなか救いのない構図だ。
誰も動かない一瞬が、やけに長く感じられる。次に来るものを全員が待っている空気。
「反意ありとみなし拘束する。結界を破れ」と、短く告げられたその命令で流れが決まる。
槍が一斉に引かれる。
次の瞬間、四方から突き出された。
金属がぶつかる甲高い音が、連続して弾ける。
穂先が結界に叩きつけられるたび、乾いた衝撃音が耳の奥を叩く。
反響が重なり、音の塊になる。
刃がすぐそこまで来て止まる。
歯を食いしばる兵士たちの顔。
それらが同時に押し寄せてくる。
「うわっ!」
反射的に頭を抱え、体を縮める。意味がないと分かっていても、体が勝手に反応する。
――やめろ。やめてくれ!!
声にならないまま、内側だけで繰り返す。
終わりの見えない作業を延々と見せられているようで、時間の感覚だけが妙に引き伸ばされていく。
やがて、音が途切れる。
代わりに耳に入ってきたのは、兵士たちの荒い呼吸。
さっきまでの金属音が嘘みたいだ。
「なんて強固な結界だ……弱まる気配すらない」と、舌打ちの音。
「おい、結界を破れるやつを呼んで来い」
「ハッ」
重い足音が門の向こうへ遠ざかり、やがて聞こえなくなる。
俺はゆっくりと顔を上げると、兵士と目が合う。
「強情な奴だ。結界が剥がれた後、どうなるか、分かっているだろうな」
冷たい視線が、そのまま圧になる。
喉がひりつくような感覚。無意識に唾を飲み込もうとするが、うまくいかない。
「ですから、私のせいではありません」
「黙れ!」
吐き捨てると同時に、兵士は苛立ちをぶつけるように結界を蹴りつける。
鈍い音が響くが、状況は何一つ動かない。
勘弁してくれ……。
やがて、乱れた呼吸とともに二人の兵士が戻ってくる。
そのうちの一人は鎧を着ていない。軽装のまま周囲を一瞥し、最後に俺へ視線を向けてくる。
「結界の解除と伺いましたが」
「ああ、コイツだ」と、兵士が顎で俺を指す。
軽装の男は何も言わず、一歩前へ出る。
ゆっくりと手が伸び、結界に触れる。
ほんのわずかに眉が動き、
「なるほど……、お任せください」
――何が“なるほど”なんだ。その内容を俺に教えてくれ。
そう言いたいのをぐっと我慢する。
犯罪者扱いされるのは嫌だが、結界が破られるのなら正直助かる。
軽装の男は結界に触れたまま目を閉じる。
ただ静かに意識を集中させているように見える。
その沈黙に引きずられるように周囲の兵士たちも口を結ぶ。
俺も期待で胸が膨らむ。
やがて、手のひらが淡く光り始める。
まさか魔法なのか?
呪文を唱えているようには見えない。
気になるが、呑気に質問できる空気じゃない。
そのうちに、手の光が小さく弾けて消える。
「え?」と、軽装の男から間の抜けた声が漏れる。
予想外だったらしく、手を引いたまま一瞬だけ固まる。
「もう一度やります」
今度は眉間に力が入る。さっきよりも意識を深く沈めているようだ。
淡い光が生まれては消え、そのたびにわずかな間ができる。
期待と落胆が、律儀に繰り返されていく。
「どういうことだ?」
兵士の問いかけに、軽装の男は困惑を隠しきれないまま首を振る。
「分かりません……。少なくとも、私の知る結界ではありません」と、言いながら再び結界に手を当て、
「あくまでカンですが、この人が結界を張ったようには感じません」
「なら、コイツは……閉じ込められている、と?」
「その可能性は否定できません」
短い沈黙が落ちる。
兵士たちから、さっきまでの敵意が少しだけ形を変える。
困惑と、得体の知れない何かを見るような視線。
しばらく考え込んでいた兵士が、やがて顔を上げ、
「松明を準備しろ、ここで尋問する」
「ハッ」と、一人が駆け出す。
魔法らしき力でも結界は破れなかった。
拳でも槍でも無理。
つまり、結界は最強の盾であり、最強の籠でもある。
矛盾じゃなくて籠盾か……。
つまらない思考を巡らせるくらいには、心に余裕が生まれる。
俺に危害を加えられないということは、逃げても平気ということだ。
しかし、逃げた先でどうなる……。
犯罪者でもないのに、逃亡生活なんて願い下げだ。
ここは身の潔白を証明し、普通に生活できるための基盤を作るほうが得策。
従順な姿勢を見せたほうが今後の話をスムーズに進められるだろう。
気づけば空の色が変わっている。
夕焼けは消え、淡い群青が広がり始めている。
その下で、俺の周囲だけがやけに騒がしい。
――いったい、どうなるんだ、俺。
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