72話 フィンガロン領内巡察
「え? 領地巡察、ですか?」
ある日。
フィンガロン邸で午前中の執務を片付け終えると、ディア様が私の執務室へとやってきてそんな話を持って来た。
「ああ。近々開かれるフィンガロン領内の一番近くの村で催されるお祭り事の開催前に、一度村の視察に行きたくてな。それにキミもフィンガロン領についてはこの山以外、ほとんど見て回れていないだろう?」
ディア様の言う通り、私がこのフィンガロン邸に来てから、実際にフィンガロン領地内をちゃんと見て回ったことはない。
「だからキミに領内の一部を案内がてら、共に巡察に行かないか、とな」
「わあ、素敵ですね。行きたいですけれど、ディア様のお仕事の方は……?」
「ああ。それも問題ない。明日中にある程度まとめてしまうからな」
「……もしかしてこれ、デートだったりもします?」
「う! ……ま、まあ……そんな感じでも、ある」
ディア様は目を背けて頰を赤らめた。
相変わらず恥ずかしがり屋さんだなあ。
でもそんな彼が可愛くて好きなんだけれど。
「うふふ、嬉しいです! では私も明後日までには仕事をある程度まとめてしまいますね!」
こうして私は久しぶりにディア様と楽しみなイベントができたのである。
●○●○●
フィンガロン領は年に一度、雪の祭典と称されるお祭り事がある。
雪を使ったアートや雪にまつわるイベントなどで盛り上がるお祭りなのだが、本来の意味合いは雪による災害などから人々を守っていただけるよう、女神リザリア様に祈りを捧げるお祭りなのだそうだ。
なので、フィンガロン邸がある山から下山し、しばらく南下したところに位置する領内で一番大きな村の広場には毎年この時期になると、リザリア様を模った雪の女神像が造られる。
「うわぁ……凄い、凄いです! お話には伺っておりましたけれど、本当に凄いですディア様っ!」
「うむ、相変わらず素晴らしいな」
雪の祭典が開かれる三日前、私は約束通りディア様と領内の巡察に訪れた。
とは言ってもフィンガロン領はまだ広くて他にもいくつかの村があるが、さすがに他の村までは見て回れないので今回はここだけだ。
お祭りに向けて事前に雪で造られた様々なオブジェはそのどれもこれもが精巧で、本当に素晴らしくとても興奮してしまった。
そんな私を見てディア様も楽しそうに微笑んでくれていた。
「それにしても今日は結構お日様が出ておりますけれど、雪像は溶けたりしないのですか?」
「ああ。これらの雪像には私の作った魔導具から供給された魔力で、強度をあげてあってな。早々壊れたり溶けたりはしないようになっているのだ」
そういうところでもディア様の魔導具は活躍されているのね。さすがだわ。
「おや、こんにちはディアブルス様。今日はまた一段と可愛らしい女性とご一緒ですね」
村の中を歩いていると、不意にすれ違った男の人が声をかけてきた。
「やあ、ジョセフ。うむ、彼女は私の……妻だ。まだ村に連れて来たことはなかったのでな」
「ぉお、こちらが絶世の美女とお噂のアルメリア様ですな!?」
ぜ、絶世の美……って誰のことなの!?
と、私が目を丸くして驚いていると。
「あら、ディアブルス様。今日はどうされたんですか? って、もしかしてお隣の黒髪の綺麗な人は例の噂の奥様ですか?」
「あー、ディアブルス様だ。こんにちはー」
と、次から次へと矢継ぎ早に村の人々がディアブルス様へと寄ってきた。
そして――。
「あなたがアルメリア様なのね!?」
「フィンガロン邸の侍女さんたちからよく聞いています!」
「なんでもディアブルス様に負けないぐらいの秀才なのですよね!」
「何やら執務能力に長けているのだとか。ちょっと後でうちの帳簿を見てもらえんですかね?」
「いやいやあんた、そんなことよりよく見なよ、この綺麗なお顔と肌艶をさ。確かにこのお人はディアブルス様に相応しい美女だわ」
と、今度は私の周りに人だかりができてしまった。
私は少し困りながらも一人一人にしっかりご挨拶をしてお返事をした。
ディア様は村の人の名前などもほとんど覚えていらっしゃるらしいので、私も真似して皆さんのお顔とお名前を覚えようと思ったのである。
それにしても……フィンガロンの人たちは私のことをなんて噂しているの!?
絶世の美女なんてありえないわ。
もしかしてリードハルトとアドミラルだと価値観が違うのかしら……。
それからしばらく私とディア様は村の人たちの話し相手をし、キリが良いところで再び村の中の散策を開始した。
村を巡察していると、村の人々がかわるがわる挨拶に来てくださった。
それだけでわかる。
やはりディア様は本当に優れた、素晴らしい領主なのだと。
しかし何故こんなにも領民に好かれているディア様は、アドミラル城下町や他国ではあまり評判がよくないのだろう。
と、思っていたのだが、それも少し気付いたことがある。
「アルメリア様、ここだけの話、ディアブルス様は領民の人たちにはよく話しかけてくださるのだけれど、領地外の人にはちょっと無愛想なんですよ」
村娘の一人がそう教えてくれたので、帰りの馬車の中でディア様にそれは何故かと尋ねてみると。
「……私は人見知りだからな」
と言っていたが、本当は違うと私はすぐに察したので。
「もしかして、お顔のことを気にしていらっしゃったんでしょう?」
と、率直に尋ねてみた。
「う……。だ、だって仕方がないだろう。仮面を付けて挨拶を回っては不審者だと思われるだろうし、かと言って仮面を外せば怖がられてしまう。だから私は領民以外にはあまり話しかけないようにしていたのだ」
ディア様の悪い評判の正体はなんとなく見えてきた。
「でも、今はもう仮面を被ることをやめましたよね?」
「う、うむ。キミが私に勇気をくれたからな。今後はなるべく付けないようにする、つもりだ」
彼が私のことを悪く言われるのが嫌なように、私も彼が悪く思われるのはとても嫌。
彼が傷つかないように、私は彼を支えてあげたい。
だから、今度は私がそれを徐々に払拭してあげようと私は胸に誓った。
「アルメリア、ありがとう」
「え? なんですか?」
「キミが考えていることが手に取るようにわかったのだ。その気持ちだけで十分だ。だが、私のことは恐れられていようと私は別に構わないからな」
「そんなの駄目です。私の大切なディア様がそんな風に思われるのも、言われるのも嫌ですから」
「それより領民の皆の反応を聞いてわかっただろう? キミが如何に美しいかを」
「え?」
「私は幸せ者だ。キミのような女性が私の妻でいてくれることが」
「ぎゃ、逆です! ディア様のようなお人が私の旦那様であることが、私にとってはとても幸せなのです!」
「……アルメリア」
「ディア様……」
私たちは馬車の中で見つめ合う。
こんなにも愛おしい方が、私の隣にいるだけで私は本当に幸せだわ。




