73話 ロンベルトの見習い使用人生活①【ロンベルト視点】
「これは……なんだ……?」
リインカーネル騎士団最強の団長であり、最恐の魔剣士として恐れられていたこの俺、ロンベルトは今、にわかには信じられない物を突きつけられていた。
「そんなことも知らないんですか? ったく、これだからゴミ屑は。これは雑巾というものです」
「そんなことはわかっているッ!」
俺の目の前で雑巾を突きつけているのはあの、ケイトリンとかいうクソ生意気な女だ。
「わかっているのならさっさと受け取りなさい。あなたには今日からお仕事をしてもらいます」
「どういうことだ?」
「前にディアブルス様とアルメリア様から説明を受けているでしょう? あなたはこの屋敷で使用人見習いになったのですよ」
俺があの悪魔卿に敗れ、ボロボロに打ちのめされたあの日から二週間ほどが経った。
俺の身体がようやくそれなりに回復してきた矢先、この女に屋敷のエントランスまでこいと言われ、仕方なく来てみたら、これである。
「俺はそんな約束に頷いていない。アレはアルメリアが勝手に言っただけだ」
「関係ありません。その契約が守れないのなら……」
「ふん! 守らなければなんだと言うのだ!?」
「こうです」
そう言ってクソ生意気女が俺の方に手のひらを向けてきた。
直後。
「む? うぐッ!? ぐ、あがァァーーーッ!?」
「その首輪から神経に対して激痛を与える魔力を流します。この魔力コントロールはディアブルス様に許可された者、つまり私たちフィンガロン家侍女も含めて操作が可能です」
「ぎぎぎッ! あが、が! うぉ、ォオオオッ!」
「本当に痛そうですね。いい気味です」
「や、や、やべ……ろ! あがががッ!」
「やめて欲しかったら契約を守ると誓いなさい、このゴミ屑二号」
「うぐ、ぐ、あぐ……ッ!」
誰が使用人の、更に見習いなどやるものか。
俺は誇り高き貴族だぞ。ふざけるな、と思ってはいるものの、
「わ、わがっ……だ……!」
この激痛の前に結局、俺は言うことを聞かざるを得なかった。
「よろしい。今日はあなたにまずは掃除の基礎の基礎から叩き込んでやります。あなたに仕事を教えるのは私の後輩です。もうじきここにやってきますが、今日はまず私があなたの上司として、仕事の前の基礎から教え込んでやりましょう」
「はあ……はあ……、くそ。俺が何故こんなクソみたいな女なんかに……」
「あ? 誰がクソだって?」
「あぎゃぁあああーーーッ!」
「もういっぺん言ってみやがれです。誰が、なんですか?」
「ぐぁあああーッ! わわ、わがっだがら、ぞれを、やめろぉおおーッ!」
「仕方ない、やめてやりましょう。で、誰がなんですって?」
「はあッ! はあッ! ……な、なんでもない! 言葉を間違えただけだ!」
「馬鹿かテメェは」
「ギャァアアアーーーッ! や、やめろぉおおおおッ!」
「謝れって言ってるんですよ。敬語を使えって言ってるんですよ。足りねえ脳みそをよく使えってんですよ。私はあなたの上司。この屋敷にいる者は全員があなたの上司。私や皆に対して敬意が払えないのなら、気絶するまでその痛みを与え続けてやりますよ、クソ馬鹿が」
「ウギャアァァアッ! わがっだ、わがりまじだァァ!」
「よろしい。で?」
「はあッ! はあッ! ……も、申し訳なかった。あ、いや、なかった、です」
「まあ、いいでしょう」
俺は心の中でこのクソ女に死ね、と愚痴っていた。
「あの……ケイトリン先輩……」
「ああ、ちょうど来ましたね」
俺がこのクソ女に痛めつけられていると、いつの間にかクソ女の背後にもうひとり、茶色で長髪の、背丈の小さなまるで子供のような別の使用人らしき奴が佇んでいた。
「紹介します。彼女はニーナと言います。このニーナがあなたの専属教育係になりますので、明日からはこの子からしっかり教わりなさい」
「こんなガキみたいな女に俺が……」
「あ? テメェ今なんつった? ニーナは私の可愛い後輩なんですけれど、なんつったんだ? あ!?」
「す、すまん。じゃない、申し訳ございません」
「謝り方はいくらかマシになりましたね」
いちいちあんな激痛の魔力を流されては堪らない。
悔しいが、この首輪をどうにかするまで耐えるしかない。
「ニーナはこう見えて20歳になる良い大人です。子供扱いせず、きちんとした態度で教わりなさい。いいですね?」
「く……わかった……」
「あ?」
「わかり、ました」
「よろしい。さて、ではここからの指導はニーナに一任します。とはいえ今日は私も一緒についてまわります。明日からはニーナに完全にお任せしますよ」
このクソ女が一緒にいる限り、とても下手なことはできそうにない。
「はい! ケイトリン先輩!」
このガキだけなら……。
「ちなみに当然ですけどニーナもその首輪の操作が可能ですから妙なことは考えないことです」
「わ、わかっている……い、いや。わかっております」
「さて、では始めましょうか」
そうして俺の屈辱的な使用人見習いとしての日々が始まってしまった。




