74話 ロンベルトの見習い使用人生活②【ロンベルト視点】
「えっと、それではロンベルトさん」
「ニーナ、この人にさん付けは駄目です。この者はあなたの後輩なのですよ。初めての後輩とはいえ上下関係をきちんと弁えさせなさい」
「あ、はい。ではロンベルト。ではまずは基本的な手磨き掃除の方からお話ししますね」
それから俺はニーナというガキみたいな女から、偉そうにものを教えられた。
「それで雑巾はこう、しっかりと絞って……」
俺は仕方なく言われた通りに従う。
「それで窓拭きは……」
クソ、なんだって俺はこんなことをしているのだ。
誇り高いこの俺が……。
「次に床ですが……」
まだ終わらんのか。……くそ、腹が減った。
俺が大人しくニーナとかいうガキみたいな女の言うことを聞いていると、ケイトリンとかいうクソ女は少し席を外すと言ってどこかへ行った。
「おい、まさかこのエントランスの床全部磨くわけじゃないだろうな?」
「え? 磨きますよ?」
「は? できるわけがないだろう」
「できますよ。毎日私ひとりでやってます」
「嘘をつけ。こんな広さをこの速度でちんたらやっていたら終わるわけがない」
「今はあなたに教えながらやっているからですね。本来ならこうやって、止まらずに端から端までパーッとやります。見ててくださいね」
そう言うとガキみたいな女は、確かに先ほどより数段速い速度で床を止まらずに往復し始めた。
「はい。やってみてください」
「く……こんな疲れることを何故俺が……というか俺はまだ朝飯も食っていないんだぞ! 飯を食う前にこんなに動けるわけがないだろう!?」
「ご飯はこれと一階の廊下の掃除が終わってアルメリア様とディアブルス様のお食事が済んだら、その残り物をありがたく頂戴します」
「残り物、だと……」
「はい。もちろん残り物以外もありますよ! だから頑張ってお掃除しましょう!」
「うぐぐ……何故俺がこんなことを……!」
「何故、じゃあねぇんですよ」
ゾクっと背後に感じる殺気に俺は思わず身体を硬直させた。
「テメェ様は使用人の見習いの中の見習いなんですよ。わかりますか? 働かざる者食うべからずって知ってますか? だいたいテメェ様はこれまで怪我のせいで、何もせずに食事を摂っていやがったんですから、その対価として働くのは当たり前なんですよ、わかりますかクソ馬鹿が」
「ぐ、わ、わかって……ます」
「だったらぐちぐち言わずに黙ってニーナの言う通りやれってんですよ。それと私が目を離した隙にニーナに対して敬語ではなくなっていたようですが、殺されてぇんですか?」
「す、すみません……」
「ニーナもこのクソ馬鹿ゴミ屑二号に対して、必ずそう言う点を指摘しなさい。放っておくとこの馬鹿は馬鹿に戻ってしまうので。わかりましたね?」
「あ、はい。ケイトリン先輩!」
そんな風にして俺は再びこのクソ女に見張られながら掃除をさせられた。
生まれて初めてやらされる作業に苛立ちながら、ひとまず俺はなんとか床掃除と一階の廊下の掃除を終わらせた。
その後、ようやくダイニングに行き椅子に座った。
「おい、馬鹿ですかテメェは。そんなところに座ってふんぞり返っても食事はでませんよ。自分で取りに行くんです」
クソ女にそう言われ、俺は自分の分の食事を取りに行く。
食事中もクソ女にあーだこーだと説教された。
そして食事を済ませたあと。
掃除や洗濯、買い物、庭の手入れ、馬車馬の世話、馬小屋の管理、給仕、来客の世話などありとあらゆる使用人の仕事がどんなものなのかの説明を受けた。
そうして気づけば夜になり、怒涛の一日はあっという間に終わった。
「何、しれっと部屋に戻ろうとしてんですか。テメェ様にはまだまだお仕事があります」
「ば、馬鹿なことを! 俺はもうクタクタだ!」
「んなこたぁ知りませんし、言葉遣いに気をつけやがれです。テメェ様は見習いなんです。見習いは覚えることがたくさんあるんです。ほれ、さっさとこっちに来いです」
クソ女に引っ張られるように連れて行かれた先は、執務室。
どうやらアルメリアはこの執務室で仕事をしているようだ。
「つい先ほどアルメリア様が就寝されたので、今のうちに執務室のお掃除をするんですよ。重要な書類は金庫にしまわれておりますが、それでもデスクの上や書類に触っては駄目ですからね」
よもや長兄であるこの俺がアルメリアの仕事部屋を掃除するハメになろうとは。
俺はクソ女に指示された通りの仕事をこなす。
窓拭きをしていると、ふとデスクの上の書類が目に入った。
もの凄く小さな文字でビッシリと書かれた、内容のよくわからない書類が大量に置かれている。
アルメリアは昔から事務仕事が得意だった。ここでもやはり事務仕事ばかりやらされているのだな。
「その書類の内容が気になりますか?」
「あ? 別にこんなもの」
「おい、言葉遣いに気をつけろってなんべん言わすんだテメェ様はよぉ?」
「……こ、こんなものに興味はございません」
「よろしい。テメェ様には理解が及ばないでしょうが、アルメリア様は実に優れたお方です。私など目を通すだけで理解不能な難解な書類も、アルメリア様の手に掛かれば瞬時に深くご理解し、更にその問題に関する的確な答えを出して処置を致します」
「……まあアイツは昔からそういうのが得意だからな」
「あ? アイツ?」
「……アルメリア様は、でした」
「ええ、そうです。アルメリア様は得意なんてレベルじゃありません。この世界に一人しかいないと断言しても良いほどに知性と知識に富んだお方です。それでいて素晴らしい人格者。人を総べる者としての全てを兼ね備えていると言っても過言ではないでしょう」
「そんな馬鹿な。たかが事務仕事でそんな大層なことがあるわけがない……いや、ないですよ」
「テメェ様みたいな脳筋クソ馬鹿にはわからないでしょうが、この世は物理的な力ではなく、人の頭脳の上に成り立っているのですよ。技術や経験、それらから生まれる知恵が世界の人々の発展に繋がっているんです。それが理解できないからテメェ様はいつまで経ってもクソ馬鹿なのです」
「ぐ……」
相変わらずこのクソ女は言いたい放題いいやがる。
だが……。
「もし領地を総べる者や国を総べる者が愚か者ならどうなります? 人々は飢え、育たず、領地や国は疲弊し滅ぶ。それを支えるのは他でもない豊富な知識です。いくらテメェ様が馬鹿でも、それぐらい理解できますよね? アルメリア様はそれほどまでに優れた頭脳をお持ちなんですよ」
あのアルメリアがそこまでの奴だったなんて、まるで知らなかった。
このクソ女は、クソだが、おそらく嘘は言っていない。
もしかすると俺や父上は、とんでもない過ちを犯してしまったのではないだろうか。
「これはあくまで推測ですが、じきに周辺国は合併しひとつの大国家となる日がそう遠くない日に訪れます。その時、頂点に立つのは間違いなくディアブルス様とアルメリア様のお二人でしょう」
「そこまで、なのか……」
「ええ。この数ヶ月間、アルメリア様の専属侍女をしてきたこの私がそう思うのです。この意味がわかりますか? テメェ様はとんでもないお人をこけにして、蔑んできたのですよ」
「……」
きっとこの女は事実を述べているのだろう。
そうでもなければアルメリアがここまでの躍進を見せるはずがない。
俺は、俺たちリインカーネルは、選択を間違ったのだろうか……。
その晩、俺は与えられた使用人用の宿舎で珍しく考えにふけこみながら、眠った。




