5話 こんなはずではなかったのに【シオン視点】
「シオン殿下、こちらの件はどうなっているのですか!? まだ捺印すらされておりません!」
「殿下、大変です。会計予算のズレが大き過ぎます。早急に修正の予算案を算出し直すよう連絡してください!」
「殿下、まずいです。各貴族らへ送るはずの新たな税収案関連書類が滞ったままです。このままだと来期の税徴収が……」
――どうしてこうなった。
「うるさい! 今やっている! 少し黙れ!」
私は執務室にて突如現れた山のように積み上げられた書類に埋もれている。
王都の建築関連、予算関連、連絡事項、その他諸々の書類や書簡の返信がほぼ全て完全に止まっていた。
いくらアルメリアが数ヶ月間それなりに執務をこなしていたとはいえ、あの女がいなくなっただけで突然こんな風になるわけがない。
「くそッ! おい、そこの! すぐに宰相のダルトンと尚書官のベレッタと徴税官のドミニク、それにええと……ああ、もうとにかく宮廷貴族ら全員集めろ!」
おかしいおかしい。
どうしてこうなった?
あまりにも内政がお粗末になりすぎている。
フレイヤ母君と宮廷貴族たちは一体何をしていたのだ!?
「くそ、くそ! おい、そこの! ロゼッタはどこへ行った!?」
「は、はい。聖女様は今日からしばらく大神殿にお務めに行っております。神像に聖魔力を注ぐお祈りをしなければ、と」
そうだった。
ロゼッタは私の妻になるとはいえ、聖女としての仕事もある。定期的に大神殿で長時間に渡る祈りを数日続けなければならない。彼女に執務を手伝わせるのは無理だ。
「っち! ならばお前! ちょっとこっち来い!」
「え、ええと、私、でしょうか?」
「お前以外に誰がいる!? 扉の前で馬鹿みたいに突っ立って遊んでいても意味がないだろうが!」
「で、ですが私にはいざという時、殿下をお守りするという職務で警備しておりますので……」
「こんな王宮の中でそんなのいるか! いいから貴様もこっちへきて手伝え!」
「で、ですが私は書類の内容など読んでも理解はできませんが」
「そんなものどうでもいい! 適当に私の印鑑を押しておけ!」
「ほ、本当によろしいのでしょうか?」
「いい! やれ!」
もはや書類全部に目を通している暇などない。
緊急性の高いものから片っ端に処理してしまおう。
大体こういうものは王家の捺印さえあれば、割と問題ないものばかりだ。別にいちいち読む必要なんかない。
「お待たせしました殿下。現在手が空いていた尚書官のベレッタ様だけお連れいたしました!」
「なに!? 他の者はどうした!?」
「皆様、宰相ダルトン様が開いた重要会議中にございましたので……」
「っく! おいベレッタ! これはどうなっている!? 説明しろ!」
尚書官のベレッタは私よりも歳上で、重要書物の管理、検閲等の職務に就いている眼鏡をかけた女だ。
「どう、と申されましても私には何が何やら」
「見ればわかるだろう!? この書類の山だ! 何故こんなに滞っている!? 貴様たちは仕事をしていなかったのか!?」
「何を仰っているのかご理解できかねますが、私たちは私たちの仕事をしておりました。そちらの書類は殿下が行なうべき執務では?」
「だとしても多すぎるだろう! 私が以前居た時、こんな量の書類は見たことがなかったのだぞ!?」
「何を仰っているんです。陛下がご不在になってからは陛下の分の執務も来るのは当然です。陛下が留守の間はずっとそれをアルメリア様おひとりで処理しておられましたよ」
「ば、馬鹿なことを! こんな量、できるはずがないだろう!?」
「よくわかりませんが、アルメリア様にやれと命じていたのはシオン殿下では?」
「そ、そうだが、こんな量だと聞いていない! だいたいお前たちは何故手伝わないんだ!?」
「殿下、私たちも暇ではありません。今も宰相ダルトン様は最近大きな問題になりつつある物流の件で頭を悩ませております」
「ぶ、物流の件? なんだそれは?」
「そんなことも知らないとは……。最近、他国が次々とこのリードハルト王国への輸出を止めているのです。問題は高すぎる関税と、こちらが出し渋っていた希少鉱石のせいです」
「それはまさか……」
「そうです。殿下が隣国へ遠征なさる直前、あなた様が関税をもっとあげて、更には鉱石の他国への輸出を抑えろと命じたからです」
我が国リードハルトが優れた武力を誇るのは、近隣の鉱山から非常に希少な鉱石が多く取れるからであった。
私はこれをリードハルト王国のみで独占し、全世界でもナンバーワンの国に育て上げようと考え、父、ギレンには内緒でそう命じておいたのである。
「そのしわ寄せで他国が我が国を敵視し、物流の多くを止められてしまったのです」
「ば、馬鹿な……」
「本当なら先月には我が国は北の王国から戦争を仕掛けられていてもおかしくありませんでした。それをアルメリア様が色々と工作し、書簡を送り、その相手国をなだめてくださっていたからこそ、ここまでなんとかなっていたのです」
「ア、アルメリアが?」
「アルメリア様は実にまめに伝令、伝達を行ない、全ての書類をあますことなく頭に叩き入れ、数字の間違いひとつすらも起こしませんでした。私は当初、殿下は本当に素晴らしいお方を選ばれたのだと思いました」
あの女がそこまでの才能を?
いやいや、そんなはずがない。
確かに執務能力は多少高いとは思ったが、いくらなんでもそこまで……。
「彼女が追放され、その後任者があのロゼッタ様という聖女様だとしたら、とても残念です。ロゼッタ様はお祈り以外の仕事は何もする気がないと仰っていたので」
「だ、だったら執務が得意な貴族を集めさせろ!」
「今から宮廷貴族を募集しろと? とても間に合いません。それらの書類は殿下が処理する他ないと思います」
「こ、これを私ひとりで……?」
「アルメリア様はそれを午前中にはひとりでこなしたあと、更にお妃教育と勉強をし、そのうえ殿下を喜ばせようと手料理まで学んでおりましたよ」
そんな馬鹿なことが……。
あまりの事実に私は唖然とし、言葉を失った。
「でも彼女も人間だったのですね。伝令のミスで陛下からの救援に気づかなかったなんて。彼女に限ってそんなミスなど起こすはずがないと思っておりました」
「……も、もうよい、下がれ」
「はい。私もまとめなければならない書類がまだあるので失礼します」
アルメリアをここから追放して、たったの三日目。
たったの三日間でこんなことになろうとは。
これをあの女は数ヶ月間毎日こなしていた、のか。
私は信じ難い事実を知り、愕然とした。




