44話 ディアブルス様の夢
コンコンっ、と執務室の扉がノックされた。
もしかしてまたディアブルス様だろうか、と内心ドキドキしながら返事をすると、相手は彼ではなくシルベスタさんだったことに、安堵する。
「はい、シルベスタさんどうされました?」
私は何気なく扉を開き、彼の要件を尋ねてみた。
「ご機嫌麗しゅうアルメリア様。いえ、お仕事の進捗はいかがなものかと少し様子見に参りましてございます」
「様子見、ですか? ディアブルス様に言われて来た、とかでしょうか?」
「いえいえ、そうではございません。実は少しアルメリア様に私個人のことでご相談がありまして、お仕事がお忙しくなければと思いお尋ねしました。お茶菓子も持って参りましたので、少しご休憩がてら、私めのお話しに付き合ってもらえませんでしょうか?」
「そう、ですね。私の方も先ほど今日片づけなければいけない事務仕事はひと段落つきましたし、大丈夫ですよ」
「それは良かった。ありがとうございます」
私はシルベスタさんを執務室のテーブル席に案内した。
シルベスタさんは近くにあった紅茶のポットを手に取り、私と自分の分の紅茶をティーカップに注いでくれた。
私はお礼を言って、彼の持って来てくれたお菓子をありがたくいただきながら紅茶をひと口啜った。
「それで、ご相談というのはなんでしょう?」
「はい。実はディアブルス様のことについてです」
ドキン、と私の心臓の鼓動が一段階高まる。
「ディアブルス様の先代、つまりご両親はディアブルス様がまだ15歳になったばかりの頃、亡くなられてしまったことはご存知ですよね」
「え、ええ。ディアブルス様から伺っておりますわ。ディアブルス様はそんなお若い頃にフィンガロン家の当主になり、たいそう苦労されたと思います」
「はい。若くして当主となったディアブルス様は先代に負けぬよう努力し、このフィンガロン領を守り続けてきました。ディアブルス様は真面目なお方ですから、社交界の場などにはほとんど出席なさらず、ひたすらに勉強ばかりしておりました」
「勉強、ですか?」
「ええ。領地経営も去ることながら、主に魔導に関することです。先代が成し遂げたかったとある夢を実現させる為にディアブルス様は日々魔導の研究を続けているのですよ」
「それは初めてお聞きしました。夢、ですか?」
「はい。ディアブルス様はとある魔法を完成させたいのです」
「とある……魔法……?」
「ええ。それは神の領域に届かんとする魔法とも言うべきシロモノでございます」
「それはどんな魔法なのですか?」
「天候を操る魔法です」
「て、天候を?」
「はい。先代たちはこのフィンガロン領に暖かな陽射しの差す日を続かせて、モモザの花を咲かせたかったのです」
「確かにモモザは暖かな日の長い国にしか花を咲かせない木ですよね。リードハルトでは暖かな時期になると美しい黄色の花を咲かせますね」
「それをフィンガロン領でも実現したかったのです。しかしこのアドミラル王国の、更にこのフィンガロン領はほぼ一年中、雪が降りやすい。たまに陽が差す日もありますが長い日数ではありません。そこで先代たちは天候を操り、晴れの日を続かせたいと願ったのです」
「それは……とっても素敵な願いですね」
「ですが先代たちは志し半ばにて、エルデロン公国での内乱に巻き込まれてしまいました。その夢を継ぐべく、ディアブルス様は日々その研究をコツコツと進めているのです」
「それは凄い魔法だと言うのはわかるけれど……」
「ええ。いくら魔法がこの世において様々な力を持つとはいえ、天候を操るなど夢物語にも等しいものです。だからこそディアブルス様は誰にも成し遂げたことのないこの偉業に挑戦し続けているのです」
「そうだったんですね。でも、それならどうして私にそれをおしえてくださらなかったかしら?」
「おそらくですが、もうじきそれをお話しなられるご予定だったはずです」
「もうじき? 何故今までは話してくださらなかったのですか?」
「何故だと思いますか?」
「うぅん……わかりません……」
「それはアルメリア様のことをこれまではまだ、本当の家族だとは思っておられなかったからでございますよ」
「え……?」
「アルメリア様。今は確かに契約上でディアブルス様とご結婚されておりますが、それは契約上での繋がりに過ぎません。ディアブルス様と本当の意味でご家族となられるには必要不可欠なモノがございます。それはなんだかおわかりになられますか?」
「え、っと……それって……」
「ディアブルス様の夢のお話しはこの屋敷の中でも私しか知り得ません」
シルベスタさんはディアブルス様の育ての親代わりのようなものだったから、かしら。
「何故、これまでアルメリア様にお話しにならなかったのか。それはですね、ディアブルス様は意外と恥ずかしがり屋さんなのですよ」
「……え?」
「天候を操ることも誇大妄想と言われかねない無茶な夢でもありますが、その目的が亡き両親の夢でもあるモモザの花を咲かせたいが為、だなんて恥ずかしくて他人に言えないのです」
「そう、なのですね。でも確かに男の方がお花を咲かせたい、と言うのは恥ずかしいことなの、かも……」
「しかし近々ディアブルス様はアルメリア様にこの夢のお話しする予定でありました。それの意味するところがわかりますか?」
「……わ、わかりません」
「ディアブルス様はあなた様を本当の家族のように考えたのです。つまりあなた様のことを心から愛してしまっていることに気づき始めてしまったからです」
「……ッ!」
「そこでアルメリア様にお聞きしたいのです。アルメリア様はもし、いつの日か、ディアブルス様が本当に愛を囁いてきた時、それにお答えするのでしょうか? それともあくまで契約上としての妻を演じ続けるのでしょうか?」
「それは……」
「そしてこれから話すことが私個人の相談となるのですが、私としてはアルメリア様に無理をして欲しくないと思っております」
「無理をしてほしく、ない?」
「はい。もしディアブルス様に対し情はあっても愛情はないというのであれば、契約結婚をやめてもらい、離婚しても構わないということです。これはディアブルス様の為でもあります」
「どういうこと、でしょうか?」
「ディアブルス様があなた様への想いを日々強くしていったとして、アルメリア様にその気がなければこの関係性は酷く滑稽なものとなるでしょう。その行き着く先はディアブルス様にとってもアルメリア様にとっても不幸な未来しか待っていないと思うからでございます」
そうか。
そういうことね。
私はようやくシルベスタさんの言いたいことを理解した。
つまり、愛が無い結婚をいつまでも続けていると、どちらも苦しくなると言いたいのだ。
「ですからアルメリア様。あなた様がディアブルス様に対して一片もの愛がない、もしくは今後も生まれることはないと断言なされるのであれば、私はこの関係性を早めに終わらせるべきだと考えております」
シルベスタさんは忠告しているのだ。
仮初の妻を続けるのはディアブルス様の本当の幸せにならないから、と。
「お答えをお聞かせ願えますかな?」




